暗闇坂(くらやみざか)
夏井椋也
この街から
本当の暗闇が消えて
どれほどの時間が
過ぎ去ったのだろう
街の暗闇から追われた
人ではない者達は
やがて人の内の暗闇に
棲みつくようになった
今宵
宴の余韻を
引き摺りながらゆうらりと
ふたつの影が坂を上る
暗闇と暗闇を
寄せ合った男と女が
街灯も疎らな坂を上る
さっきから
女の名前をどうしても
思い出せない男は
そんなこと
どうだっていいだろうと
女を引き寄せようとするが
その手が掴んだのは
女の華奢な肩ではなく
ふうわりと白い尻尾
<港区>東京の坂シリーズ