言葉にそえば
みぎめ ひだりめ

おびただしい埃が 肺を満たしている
生きているだけで その分だけで
身を汚すほどの 罪が
この部屋に打ち捨てられて 項垂れている
伸び荒んだ前髪が 目を刺している
おれは訳もなく 息を潜める

本を まだ捨てずにいる
壁際の隅っこで ちかちかと
色褪せた インクの炎が見える
むかし母さんが買ってくれた
それだけのことなのに
目障りで仕方ないのに 置いてある
思い出すことに苦しんで
ただ慰められている

動けないのは ちゃんと生きていないから
悲しいのは 死んでいないだけだから
もうちゃんとしたって きっと遅いから
笑われるのが怖いから
叱られることもなくなったから
どうしようもなくあらゆるものに憧憬したから
あの日の夕日に焼かれてしまうから
カラスだって帰ってしまうから
泥濘が温かく身を抱いたから
虚空を飛ぶ鷹の姿が悲しいほど煌めいて見えたから

気づけば本を手に取っていた
硬い冊子を 薄れたインクの染みを
痩せ細った指で包む
懐かしい香りがする
おれの知らない いや 知っている?
誰かの命が吹き込まれている
血潮のように透けている

「闇に目を凝らし 沈黙に耳を傾け」
「死に想いを馳せよ」
「光は闇のなか 言葉は沈黙のなか」
「生は死のなかにこそ あるべければ」

インクの炎は 眩しくなどなかった
命はどうしてか軽いものだった
涙など 言葉でしか語り得なかった
だが 言葉はきっと
そう きっと
誰かの神さまであったのだろう

暗い部屋のなか カーテン越しに
夕日が見えている
あれからなにも変わっていない
時間だけが それこそ炎のように
ちかちかと ただ過ぎ去っている


自由詩 言葉にそえば Copyright みぎめ ひだりめ 2025-08-29 20:57:25
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