しーっ! 静か.......に。
室町 礼
わたしと同じ年輪をもつ今日という日に捧げるもの
があるとすればバラの花束だろうか、それとも一膳
のおこわ飯だろうか。自己憐憫に酔いながら一本の
線香を立てれば煙の向こうから、ゆらゆらと亡霊の
群れが立ち現れてくる。それがだれであれ皆わたし
の犠牲者だと断言できる。ベトナム人であれ居留地
にいる先住民族であれ北朝鮮人民であれアフガニス
タンの人々であれ、ウクライナ人やロシア人であれ、
かつての恋人であれ、妻であれ、知人であれ、父母
であれ、わたしは黙って頭を垂れるしかない。生き
るとは日々積み重なる他人の死である。きのうも病
院や避難民テントへの爆撃が繰り返された。しっ!
静か に。全部わたしがやったことだ。わたしが
やらせたのだ。
蜘蛛の巣のような迷路をへて明日のための水は運ば
れる。知らぬふりをしてもそれを隠すことはできな
い。人はこの宿業から逃れられないのだ。東京の路
上でテキサスの裏通りで灼熱のカブールで極寒の
キエフで、ワシントンやウォール街から流れ出た水
が今日も酸のように人々を蝕んでいる。テレビ新聞
が猫撫声でどう誤魔化そうとも、事実は人身売買で
あり虐殺であり、民族浄化であり、大量殺戮なのだ
が、たとえそうであったとしても大事なのは今日と
いう日だから、わたしたちは生きなければならない、
あなたやわたしのように人を殺して。見ぬふりをし
て。交差する腕の間から外をみようとする満員の通
勤電車の窓に張り付いた女性の目はいったい何をみ
ているのだろう? 背中にとまったテントウ虫に気
づかず肩を下げているベンチのサラリーマン、汗を
かきながら見知らぬ人におはようと挨拶するヤクル
トおばさん、そういった人たちが世界を支えている
としても。わたしたちはそのようにトリミングされ
た狭い短形の窓からしか美を見ることができなくな
った。もし枠を外したら。いやそういう想像はやめ
よう。収拾がつかなくなるほどの汚物が
溢れ出て......