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弱った蝉を林に連れ戻そうとして
手のひらの芯を掴まれる

指に鋭い痛み
しなうほどの力で
下唇をくい込ませてくる
またか、やはりかと思う

同じことが前にもあって
どちらとも、もう翅を震るわせかたも忘れているのに
吸う力だけで
巨大なひとつの空洞を支えているのだ

きのう雨あがりに拾ったのはむくろ
まだ新しかった、やわらかく
蝉にも死後硬直があったのだと
初めて知った、遠い日のことを思い出した

この翔べない蝉があのまま空を見あげていようが
どこか名前を忘れた森に息づこうが
そこここを歩く蟻たちが黙っているはずもない

わたしは自分が無意味だとは思わないが
何かの役に立つためにしているのではなく
ただ感情を
途切れさせないためだけにある
または干からびてゆくみみずを拾って歩く

やさしさからではない
面倒なことから手を引きたいと本心から願い
それでも
感情を止めてしまえば
時が食い違ってしまうと分かっているからだ

子どもの頃にひらめいた
自分の笑顔を守るためだけに
蝉を木肌に、そっと掴ませた





自由詩Copyright soft_machine 2025-08-08 22:37:53
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