引き潮
HAL
干潮のなかに私は立ち
潮のなかに流されてしまったものを
ひとつひとつ視ようと眼を凝らすが
衰えた視力で捉える事はできず
曖昧な記憶に縋って其れらを視ようとする
突然 消えて逝ってしまったひとびと
ゆっくりと消えて逝ってしまったひとびと
別れの一言もなく通り過ぎ去ったひとびと
彼らもまたこの引き潮に捉えられたのだろうか
潮が絡めとるものは淡いものや濃密なもの
そしてそのいずれにも属さぬものたち
幼い夢 儚い希み 強い情念 憐れな欲望
小さな呟きかのような数々の歌
孤独を綴ったか細い言の葉
生を詠み死を悼み その後に訪れる諦観と虚無
飢餓の苦しみを自らが引き起こしたことすら想像できず
砂上の楼閣の頂きに立つものらは
正義を振り翳し挙げる声を粉砕し
声なき声も力で掻き消す愚鈍愚昧
殺戮を祇園精舎の鐘の声に耳を塞ぎ非情すら覚えぬ無知蒙昧
その腐敗する世界に対する絶望にも酷似した無力感
やがて私にも来ることは感知はしていたが
いざこの引いてゆく潮に立ってみると
産まれ故郷への海への誘いの強さに感嘆を覚える
足元の砂を残り少ない力で捉え踏ん張り
潮の流れに逆らいつつもからだは揺らぎ
改めて己が非力を痛感する
しかしいつか私はその潮に引き込まれ
ゆっくりとそのなかに沈みゆくだろう
干潮が満潮となることは二度とないのを知りながら
未だ消え去らぬ煩悩を友としながら