クレクレ星人の独り言「五次元の境地」96
ジム・プリマス
五次元の境地について、クレクレ星人の独り言にも書いたが、あれがそうだったのだろうという経験はあった。以下に、以前の文章を記載する。
(すると、天井から暖かい光がさしてきて、その途端に、意識は快晴の空のように晴れ渡って、すべてが満たされて、それでいながら、精神は活動的になり、血沸き肉踊り、身体は充足感で満ち、すべてから解放され、なんの憂いも執着もなく、同時に、最高に幸福な気持ちになった。
それは、チベット密教の経典、「バルド・ソドル」に記される、真の「空」の境地そのものだった。
その時間は10分くらいだったか、それとも20分くらいだったろうか?
ただの空虚な「空」ではなく、充足感に満たされて、自由闊達な境地。真の「空」を体験した。)
この境地が五次元の境地で、天界の住人は常にこのことを実感しているのだろうという認識は、このことを経験したかなり後から感じたことだ。
この記述はでたらめではない。ただ、この一件があってから自身の行為や力で、五次元の境地に達することは出来ていないので、再現性はなく、統合失調症患者が感じた異常知覚だと言われても、反論は出来ない。
ただ、あの時はぎりぎりまで追い詰められており、切羽詰まって、一心不乱に神に祈った結果なので、同じところまで自分を追い詰めることが出来るのかと問われると、否、としか答えようがないのが現状だ。どうにかして、あの五次元の境地にたどつけないか、ということについては、今、思考を重ねているところだ。