初恋
月乃 猫
文月の時雨 打ち水に街はひどくうたれ
ぼろぼろの学帽に 麻の手ぬぐい 高下駄で
土砂振りの雨に走り濡れる僕は、そんな僕を憧れてそうする
軒の触れ合う細い路地を 白い花水木のステインド・グラスのむこうに
丸髷の頬杖の君をみつめる
大島の紬に白い長エプロンと紅い組みひもはいつもの 鈴を鳴らすわらい
この店は固有名詞が存在せず 誰も 名前をもたず
アカイクミヒモは 若ければ 「 若旦那様、それよりも年なら 「 旦那様
そんな呼び方で客に話しかけた、
ここはパワーレス・スポット 電気も 電子もない店
携帯も使えぬ子たちは、小さなためいきと やったこともない考えに耽る
ツメタイコーヒーを差し出す 細いミルク色の指を見つめ
三十種類のインスタント・コーヒーのブレンドに マスターは、
少しのスパイスで、挽いたものに引けを取らぬ飲み物をだした
忘れた頃に女給の手は、手巻きの蓄音機のレコードを返し
雨の日の大仰なツゴイネルワイゼンを 響かせる
灯りは白檀の香りの油燈火
いわく、呪いに白蛇だった女は、人の姿を市杵島姫命にすくわれた
「 若様は、一緒に死んでくれますか、そのときは、きっと・・・
口癖は、心をゆらし
情死も 心中も 日常のことなら
親の悲しい顔を追いやり
約束は果たされるかもしれず、
果たされないかもしれぬ
未だ寄り添い 忘れられぬ若かりし頃の
恋