真っ当な鎮圧
ホロウ・シカエルボク


錆びついた傷口に噛みついた自我が、身体からぶら下がり血を垂らす、内側から炎で炙られるような痛み、それは現実とも言えたし、質の悪い夢とも言えた、どちらかに決めるか決めないかは俺次第で、いつだって結論は投げっ放しだった、イメージは時に現実を殺す、「今あなたの指に傷をつけた」と目隠しをした人間に告げて、水が滴る音を聞かせ続けたら死んだという実験の話を聞いたことはないか?俺はそれを聞いたとき、ああ、やっぱりな、と思った、人殺しに証拠を残すような人間は阿呆だ、強烈なイメージによって人間は簡単に死ぬ、とは言え、俺はそれを誰かに向けようと考えたことはないがね、俺の内奥で蹲ってるそいつは猛烈な混沌の羅列として生まれたがっている、いつでもね、例外なく、いつでも…俺が何もしないでいるとそいつが赤ん坊のように内壁を蹴りつけるのさ、その痛みときたら…!ダメージでしばらくは動けなくなるくらいさ、そんな痛みについて話したところでいったい何人の人間が理解してくれるのか、ただただ疑問だけどね、まあ、そういう話をちゃんと理解してくれる人間も居ることは居る、その確率や可能性について俺がどうこう言う権利はない、権利と言うか…決定権はないって言った方が正しいかもな、俺は取り敢えずソファーに腰を下ろした、暴れ出すってことはバランスが取れていないんだ、どこかで調整を誤った、我知らず手を抜いてしまったのかもしれない、なにしろ最近は考えることが多過ぎるし、物理的に動き続けなければいけないことも多い、ある意味で俺はいま大きな転換期に居るのかもしれないが、俺みたいな人間が一番困ることは、細かい変換をし続けているせいでそうした事態を上手く受け止められないということだ、一度したことはもうする必要は無いからね、スタイルへの依存は安直だしその先もない、スタイルなど必要ない、現時点での自分自身の力量と気分をちゃんと理解して最適な状態を作り出せばいい、そうすればバランスを失うことなく日常と並行して続けることが出来る、でもそれはちゃんと崩れる、人間は決して完璧に自分の仕事をすることは出来ない、それはどこかで崩れる、どこかにミスがある、上手くやっているつもりでもどこかで乱れている、まっすぐ進んでいるつもりでもいつの間にか蛇行していたりする、人間にとって一番不味い酒はどれだけ年月が経っても何ひとつ変わらずに毎日訪れる日常そのものだ、どうなっているんだ、と自我は暴れ出す、ここから出せ、と完全な殺意で内壁を蹴り上げる、それは全身の筋肉を震わせ、骨にまでダメージを与える、さあ来いよ、と唾を吐いて睨む、俺にとって一番厄介な相手、まるで呪いに縛られた村のように、そいつをなだめながら暮らし続けている、痛みに挫け、震える一方で俺はそいつが自分の中で苛立ち続けていることにどうしようもない喜びを覚える、苛立ちがあることは確かに生きていることの証拠だ、その根源にあるものはなんだ?社会への怒りか?いや、それは必ず自分自身に端を発するものなのだ、俺の牙は必ず俺の皮膚や筋肉を狙っている、それが一番美味いものだと知っているのだ、痛みから逃げるやつらが他人へと矛先を定める、周囲を見回してみればすぐにわかるはずさ、辺りに唾を吐き散らしてるやつらの、威嚇しているようでどこか泣いているみたいな目つき、自分の痛みから逃げようとすれば、痛くないものを攻撃しようとするのは臆病者どもの専売特許さ、これはRPGじゃない、そんなことで自分のパラメーターは数値を上げたりしない、むしろその逆だろうね、ま、そんなことはどうでもいいけどさ…いつまで続くのだろう、と、時々考える、でもそう思う一方で、おそらく死ぬまで続くのだろうことも理解してる、人間は先のことを考えるのが下手なのさ、その癖未来に向けて生きるべきだと考えているから矛盾が生じる―それでいいじゃないか、何の問題がある?ただの認識の違いだ、それで自分の人生の分岐点が生まれたり無くなったりするわけじゃない、大切なのは自分自身の意志で歩き続けることだ、自分の道を見失わないように懸命に生きることだ、現在地点など理解する必要は無い、そんなの通り過ぎれば自ずと掴むことが出来る、チェックポイントのことなどどうでもいいのさ、大切なのはどんなゴールに向かうのか…それは誇りと成り得るのか、それは人生の幸せな終幕と成り得るのか、それはもう動かなくていいというものに成り得るのか、勝敗など自分の中にしか存在しない、道化と一緒に遊んでいたら、いつの間にか自分の顔にも同じメイクが施されてしまう、顔を洗って動き出すべきさ、その痛みで死ぬわけじゃないことは経験で知っている、人間は有限だ、でも、無駄を憎むべきじゃない、あくまでも普通の生活の中でオリジナルを作り上げるんだ、体内で暴れまくっているこいつだって、そうすればもう少しいい子にしてくれる時間も増えるかもしれないからな。



自由詩 真っ当な鎮圧 Copyright ホロウ・シカエルボク 2025-07-06 14:24:15
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