想い出にならない夏
夏井椋也

いつまでも
想い出にならない夏

痛くもなく
ただ痺れていただけの夏


ぽとり


昨日の端から
呆気なく零れ落ちたわたしは
黒い服を着せられ

どこかが
痛いような顔をした
幾つもの影に紛れて
透き通らない汗をかいていた


ぽつり


鉄の扉から
無造作にひきずり出された
あなたの白い欠片を

なにかで
困ったような顔をした
幾つもの影に紛れて
扱いづらい箸で拾った


どこにもいない


最後にあなたが
言いかけた言葉から
目をそらすように仰いだ空に

モラトリアムの日々が
心もとない煙となって
すすり上げられていった


あおくこげたそら


いつまでも
想い出にならない夏

もうひとりのわたしが
始まってしまった夏



自由詩 想い出にならない夏 Copyright 夏井椋也 2025-07-05 12:46:33
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