果実と踊る
塔野夏子

手のひらの上に
ひとつの果実
それが果実であることはわかるが
その名を知らない

けれどその味は
なんだか知っているような気もする

不意に
果実は途方もなく重くなる
だからいっしょに
引きずり込まれる
呑み込まれてゆく
得体の知れない
暗く息苦しくまとわりつくような
深みへ

かと思うと
果実は浮揚をはじめる
だからいっしょに
舞いあがる
淡い色あいにやわらかく輝く
夢のような天空へ

果実は手のひらの上に
あるだけなのに
いかなる引力でつながれているのか
果実に連れられて
あちらへ
こちらへ
ああまるで終わらない舞踏会だ

そして手のひらから離れない
この果実は
貌も持たないのに
常に微笑んでいる
微笑みながら
追熟しつづけている




自由詩 果実と踊る Copyright 塔野夏子 2025-07-03 10:39:55
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