レモンサワー
リリー

 待ちかまえていたのか
 折悪しく雨がぱらついて
 遠くない駅までの道を濡れていく

 JRで一駅先の改札を出ると
 もう雨は止んでいて
 踏切の向こう、陽ざしが流れおちている
 滝のうらがわへ消える背中と
 光の隙間をひらいてあらわれる
 ひとの顔とが往きちがう

 (ちょっと一杯)
 墨字で書かれた大きな白提灯に誘われて
 梅雨明け間近の蒸し暑さに
 つい寄り道してしまう
 どんな顔が暖簾をくぐったのだろう
 「疲れてはるみたいですね」
 注文をきく兄さんから挨拶されて
 「うん。今日はレモンサワーにしとこうかな」
 柑橘の香りを頭から浴びたい気分

 カウンター席でエビマヨサラダをつまみながら
 うつむいてiPadを開く
 運ばれて来たレモンサワーの
 はじける水泡が目の膜を黄色くする
 
 一日の賑わいが静けさになって
 ふと、今朝坂道で私を追い抜いていった
 うつくしい黒い金魚を思いだす
 清潔でまぶしく輝く水泡に
 艶のあるウェーブの背鰭を靡かせて
 生っ白い脚を生やした金魚が
 ローファーで地面を蹴りながら
 みえなくなった

 グラスの氷を鳴らせば
 立ちのぼる香気が
 魚にもなれない私の乾いた髪を
 潤してくれる
 「お兄さん、レモンもう一切れちょうだい」
 ひとりでにほどける笑みで声のトーンも上がっていた
 


自由詩 レモンサワー Copyright リリー 2025-06-28 19:00:23
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