箸置き
そらの珊瑚
食卓に箸置きを添える
といってもそれは箸置きとして売っていたものではなく
両端をねじられたキャンディ型のフォルムの
ベネチアンガラスの小さな置物で
ずっと前に
ベネチアの運河に架かった
橋の上の雑踏に広げられた
観光客相手の小さな土産物屋で出会ったものだった
日本でいえば三つで980円お買い得品みたいな扱いの
籠の中に雑多に置かれていて
手にとれば
透明な硝子に閉じ込められた
赤や青の流線型の模様が
金魚みたいな愛らしさだった
わたしに買われたその子たちは
英字新聞にくるまれ
スーツケースに押し込まれ
空を飛んで
無事我が家の食器棚におさまり
今も欠けもせずにいる
箸置きにしてみようとおもったのは
ほんの思いつきだった
金魚を飼っていたら水槽に入れてみたかもしれない
この箸置きを置いたのは
ほんの気休めだった
あれからずっと砂時計の砂は落ち続けている
新しいシュシュを猫に取られないうちに
髪の毛をくくる
晴れ間に洗濯機が回っている
紫陽花という名の舟が水道水に泳いでいる
遠い国の仄暗くよどんだ運河を想う
トーガを着た人々がかつて歩いた石畳を歩く
溶けきれないおもいでを添える
夏がやってくる前の
ほんの気休めに