天国は展開の極意 四章
菊西 夕座

 ――明さんの迷った目には、煤も香を吐く花かと映り、蜘蛛の巣は名香の薫が靡く、と心時めき、この世の一切を一室に縮めて、そして、海よりもなお広い、金銀珠玉の御殿とも、宮とも見えて、令室おくがたを一目見ると、唄の女神と思い崇めて、跪き、伏拝む。
                               泉鏡花『草迷宮』



天国とは気楽にだらだらと生きて喜ぶ場所ではなく、永続する一瞬の最高潮における安らぎ
生きる人々が眠らなければならないのは、無意識の座敷に死者たちのくつろぎを許すため
どのようにせよ私も死を迎えたならば、愛しい奥方の、あるいは殿方の胸に頭をよこたえて
無意識の座敷に一抹の不安もともすことなく、生きた鼓動に愛図を受けて瞬発するだろう

そうであればこそ私が生きてあるうちは、苦しみや悲しみにたえて戦い抜く必要があり
むしろ死者たちに生かされている現身として、燃え尽きるまで命をまっとうする役目がある
疲れ切ってようやく眠りが私を開放するとき、よろこんで最愛の亡霊に心室をあけわたし
そこからあふれ出る血潮の暗い涙によって、あなたが永遠にひとりでないことを告げよう

陰森とした裏はずれの荒屋敷に存在価値をもたらすのは、天国の役目ではなく悪霊の領分だった
世に見捨てられた存在を無理に引き立てるのではなく、その影にこそ豊穣が宿ると逆立ちするのだから
よって悪は襖の汚れの染みから不気味な人の表情を浮かばせ、古い床の軋みを亡霊の足音にかえる

荒れ放題の雑草はもはや絡みつく女の毛髪であり、苔むした岩はいつしか小石を生む産婦石と呼ばれる
天国よりも豊かなる楽園は地上の幻想に育まれ、文字は語られることで記号から詩歌へと昇華していく
だが天国もまた悪霊をゆりかごに戻すだけの力をもち、生者のうちに死者を結わえて一切の芝居を締める


自由詩 天国は展開の極意 四章 Copyright 菊西 夕座 2025-06-22 23:34:37
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