通行人
リリー

 おとつい買ったばかりの
 ミドル丈のレインブーツ
 人気のない舗道に目をやりながら歩く
 おおきな水たまりもへっちゃら

 雨はアジサイの植え込みを揺らして
 色づく花房に打ちつける
 内から外へ
 息を潜めて
 溢れでる期待のように
 水滴が地面に滴りおちる

 希望も欲望も活力も努力も
 熟しきれなくて
 わけのわからないとらえどころのない
 けだるさが私のアップヘアの頸へ
 腕をからませる
 俯いてしまう目の端へ、
 飛びこんできた
 草陰を走っていくトカゲ
 なんて軽快なすばやさで走っていく!

 だあれもいない
 雨のなかの無限の瞬間、
 青草の生えた細長く冷い光の落ちてくる場所を
 再びめぐりあうことのない通行人は
 走りぬけていった

 あたりが急にどんよりとして
 ふいに 植え込みからこちらを向いて居る
 大輪のアジサイに気づく
 水縹のサマーカーディガンを羽織って
 なにか不安げに誰かを待っている若い女の様

 その視線とすれちがう
 私のブーツは、さっき水たまりを踏んだ時と違って
 路面ではねて砕ける時間の粒子に
 そっと 
 靴底を鳴らしていくだけだ



自由詩 通行人 Copyright リリー 2025-06-17 11:36:29
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