道に吐いた唾が忘れられない模様を描き出すみたいに
ホロウ・シカエルボク


ナパーム弾のような雨が止んで気の抜けた夜の街路、そこいらに張り付いた雨粒がネオンライトで嘘と同じ綺麗さをプロデュースする、この世は鼻で笑えるくらいがいつだってちょうどいい、何かを始めようとするときに自分以外の誰かが必要になるのならそれは本当じゃないんだ、喧騒、喧騒、喧騒、掃いて捨てるほどの酔っ払いが子供の様に金切り声を上げながら歩き過ぎていくのに、彼らがまるで幸せに見えないのは、それを眺め続けている俺はそして、これから何をしようとしているのだろう、行く先が決まっていても道には迷うものだ、でも有難いことに、俺が行こうとしている道はこれまで誰も歩いたことが無い道なのだ、だから俺は素知らぬ顔をしていればいい、殊更に根拠の無い楽しさや充実を掲げて歩く必要など無い、入口で嘘をついたらきっと出口に辿り着くことは出来ない、それぐらいのことは容易に想像がつく、装えばそこで終わるのさ、静かに、思うがままに、こちらでいいのか、なんて、歩き始めてから考えても仕方が無い、こちらに行くと決めたらそこがどんな道でも歩き続けてみればいい、必要なら横道は現れるし、Uターンして帰るべき時にも気づくことは出来る、でもそれは往々にして、余計なことをしないで歩き続けていた方がマシだという結果になる、俺はすべての景色を言葉に変える、そこにはもちろん俺自身も含まれている、それを続けていればいい、俺は外界に過度な興味を持たない、そういうのは大抵の場合観察の邪魔になる、そこから何かを得ようなんて思ってはいけない、あくまでも現象のままで記憶しておく、するとある瞬間に、主にこうやって書いているときにってことだけど、ああ、あれはひとつの詩だったのだと理解出来る、そうしてそれは書きつけられる、闇雲にイメージが投げつけられて、ペンキ入りの風船が破裂するみたいに白い画面は塗り潰されていく、俺はそれについてほとんどどんな感想も持たないし、どんな私情も挟まない、勝手に出てくるものを出しっぱなしにするだけだ、バルブを全開にして、成り行きを見ているだけさ、それだけでいい、あとはなるべく多くのものを書き切れるように、指先を忙しく動かしているだけでいい、技術で文章を書くなんて馬鹿のすることさ、少なくとも、それが自己表現というジャンルならね、どんな本を読んだかとか、どこそこの文学部を出てるとか、そんなものなんの役にも立ちはしない、自分自身の中にどんなものが眠っているのか、どんなものが目を覚まそうとしているのか、どんなものが出てこようとしているのか、それだけがすべてさ、一度書いたら終わるやつも居るかもしれない、一年で終わるやつも居るかもしれない、凄いものをひとつ書いたとしても、続けられないのなら意味が無い、それは水溜りであって、流れにはならない、もう二十年以上前の話になるけれど、俺の周辺には如何に詩に捕らわれていて、どれだけ詩を愛していて、身を呈して詩を書き続けると公言している連中が何人か居た、一番でかい声を出していたやつは今どこで何をしているのか、喋り続けてるやつから順番に居なくなった、今も書いているやつは数えるほどしか居ない、そんなもんだよ、自分の為に、黙って書いているやつほど生き残れるんだ、一人で生きて、一人で書くんだよ、孤独になれって言ってるんじゃない、書くときに一人きりになれないやつは駄目だっていう話なのさ、潜り込む度に形を変える鍾乳洞の様なものなんだ、誰かとつるむことを考えていたら遭難してしまう、竪穴や地下湖に落ち込んで、お終いになってしまう、たった一人で、感覚を研ぎ澄ませて、どこからでもどんなところにも移動出来るように現状を把握し続けなけりゃならない、感覚を研ぎ澄ませなければならないんだ、一歩でも間違えたら先へ進めなくなってしまう、後にも戻れなくなってしまう、そしてそれはあまり時間をかけてはならない、インスピレーションの最大値で動き続けなければいけない、思考が介入するよりも早く動き続けるんだ、思考とは言い換えれば迷いだ、思慮深さや慎重さは美徳だけれど、それが必要な時は見極めなければならない、日常の様々な出来事、日常の様々なイズム、そう言ったものをすべて抱いたうえで獣のように貪欲に動かなければならない、それは決して分離したりしない、理性的な人間のままで野性のフィールドに漕ぎ入れるのさ、それが出来るのは俺たちみたいな書き手だけだぜ、生きてきた人生のすべてがそこには描き出される、もちろんその時の最大値でしかないわけだけど、言ってみれば詩極巧妙な走馬灯みたいなものさ、すべての過去を焼き切って新しく明日を迎えるために、いつだって知らないものに触れるみたいに今日もまた肉体を飛び越えるんだ、身体が軋む音が聞こえるかい、限界を知り、耐えることが出来なければ、人生の幕はそこで降ろされるかもしれないんだぜ。



自由詩 道に吐いた唾が忘れられない模様を描き出すみたいに Copyright ホロウ・シカエルボク 2025-06-12 21:58:57
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