くまモン
無名猫
交差点は今日も
無音のようにうるさい
LEDビジョンが 春を売り出している
笑顔、スマホ、炭酸飲料の泡
「くまモン、そっちの角度で!」
はいはい、と首をかしげたとき
遠く、山の方から風が吹いた
熊が人を襲ったらしい
ニュースのテロップが流れる
「危険」「駆除」「想定外」
でも、ぼくも熊です
それには誰も、触れないようにしている
東京、渋谷、インバウンド
KPI、アップセル、コンバージョン
なるほど、たしかに
ぼくは「資産」だ
だれかが、そう言った
だけど
いつからだろう
言葉が 霧のようにしみ入り
耳の奥で 何かが 眠った
目を閉じれば
もう、土の匂いがしない
かわりに残ったのは
「かわいい」や「需要」のこだま
イオンモールの開店イベント
きれいに整った人工芝
子どもたちはみな純粋で
たくらみのない笑顔に救われる
だけど 裏で積み重なるのは
「売上」と「好感度」
ニュースは続く
「市街地出没」「緊急避難命令」
世界はおそれおののく
でも、ぼくも熊なんです
みんなが寝静まった夜
すべてを脱いで ベッドに入る
ホテルの天井を見ながら
少しだけ、思い出す
山の鼓動
雨の気配
静謐な野生のリズム
そして、祈る
ぼくの「中の人」が
まだ、どこかで眠っていることを
都市はまばゆく
ときに 自らの輪郭さえ失い
熊は山から
密やかに降りてくる
そして
だれでもないぼくは
「消費」の向こうの「愛」に
そっと手を伸ばしてみる