記憶に種を撒く男
ただのみきや

まぼろしから来てまぼろしへ帰る 風
  雨に濡れたまま本は閉じられる
 けだるさを膝に乗せ猫でも撫でるよう
わたしという約束はとうに破られた
そこから多くの虫が湧き宇宙を模倣する
あなたの肌の結露を舐める記号たち
もう帰ることのない部屋のねじれた花瓶
生の内側から死はしみ出して
もてあそぶ 死は 生の断片を
わたしも幾つものわたしを光の砂漠に脱ぎ捨てながら
逃げ水の上に落ちた片方のサンダルひろう
あなたに 
   溺死する
 濁りない朝
羽化したカゲロウに包まれて
わたしが失った声
その多くが今もあなたの耳朶に磔にされ
くすんだ銀の疑問符のよう
ゆれていた
いのりを殺して
今朝も若者たちはペガサスの死体をとり囲み
ひとみのオニキスに映る姿で未来を占っている
あの白いヘリコプターの落ちて行く先
こどもたちの歌がありそこに
ひとつの古い塚が隠されている
咀嚼する者の口の中でわたしは全てを失くし
ただ違和だけが残るだろう
みだらに結ぼれたあなたという わたしの
  生の影法師 心臓の幽霊


                       (2025年6月7日)









自由詩 記憶に種を撒く男 Copyright ただのみきや 2025-06-07 17:37:01
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