pass blood
ホロウ・シカエルボク
牢獄の幻が脳の片隅で鎖の音を鳴らし続ける長い退屈の午後、僅かな転寝の後で世界は入れ替わっているのかもしれなかった、でもだからって別に俺自身は同じものだし、特別することは変わらなかった、俺はいつだって思いつくままに文章を並べて自分の現在地を確認するだけだ、俺以外の誰が強かろうが弱かろうが、迷っていようが狂っていようが知ったこっちゃない…こんな風に言うと酷い人間みたいに聞こえるかもしれないけれど、でも人間だって本来動物なんだぜ、獣の本能の為に生きることは別に間違いじゃない、一人で狩りを続けるか、群れを成して狩るか、な、社会なんてものが存在する以上大して違いは無い、要はその中のどれを取ってどれを捨てるかさ、たった一人で出来ることを群れを成してすることはない、それが人生の中で俺が得た結論だということさ、集団の規律の中で争って生きたってたいていは時間の無駄なんだ、だってそこにはイズムなんか別に無いんだからね、集団の効率としては素晴らしいものがあるけれど、個人個人の成長の効率としては何も期待出来やしない、といって、それを選択しないということではない、現実問題としてそんなことは不可能だ、なんて言えばいいかな…そう、信じない、ってことさ、初めからそこにあるものを信じてしまうと、人間はそれ以上何処へも行けなくなる、自分で考えることを止める、そこにある項目をクリアしてしまえばそれでOKということになる、そこから後の人生にはどんな意味も無くなる、仕事の成績は良くなって表彰されたりするかもしれない、でもそんなもの人間の誇りとはなんの関係もないものだ、俺はそんなお題目には興味は持てないのさ、とはいえ、不真面目なわけじゃないから、そういうポジションを手に入れられるチャンスもなくはなかった、でも、どんな興奮もそこには感じられなかったんだ、割と早くから、何ものにも代えがたい感覚を俺は手にしていたからね、しかもそれは自分の部屋で簡単に出来ることなんだ、アルコールやニコチンやドラッグなんかよりもずっと飛べる、最高の感覚をね―それをどう説明すればいいだろう?今までにも何度かこんな話をしたことがあった、でもその度に、なにかもっと違う表現があるかもしれないと頭を悩ませたものさ、いまはこんな感じ―感覚や感情の重要なセクションに詰まった日常の汚れを、高圧洗浄機的なものでいっぺんに流してしまうような…ちなみに、デビッドボウイは、そういう感覚のことをバタフライナイツって呼んでるらしいよ、ティン・マシーンの頃のインタビューだったかな、その後のソロの時のやつかもしれない、それはきっと、人間が辿り着くことの出来る一番崇高な瞬間なんだ、最も神に近付ける感覚、なんていうと少し大仰過ぎるけど、人間でなくなる、ただの意識体として存在しているほんの数十分の為に躍起になって指先を動かすんだ、精神と肉体が生み出すリズムの記録だ、理屈なんかあまり気にすることはない、高揚は宿る、その時触れたものに…そういう感覚は年々現れやすくなっている、コネクトしやすくなっている、それはきっとずっとやり続けてきたせいさ、ほんの少しの違い、ほんの少しの速度差、そういうものにこだわり続けてずっと試し続けてきたせいなんだ、みんな俺が大人しくなったっていう、だけどさ、本当に大きくて、色々なものを巻き込んでいく流れっていうのは水面を見たって決して気付くことは出来ないんだぜ、凄く穏やかに流れ続けているみたいに見えるんだ、いま俺が生み出しているものはそういう種類の流れさ、過去を貯め込むだけじゃ意味が無い、そこから次へ行こうという気持ちが無くなったら、ただ同じことを書き続けるだけの阿呆になってしまう、海はまだ遠い、流れ込む先なんて本当にあるのだろうか?俺はまだ海の存在を信じていない、この流れはとても果てしなく感じる、どれだけ追いかけても終わりなど無いように思えるんだ、だから余計に追いかけてしまうのだけど―ああだこうだと余計なところで御託を並べる気にはもうなれないね、そんな場所で何を言おうが、結局のところそれを証明出来るかどうかって話になるじゃないか、だったらここで現在地を焼き付け続けたほうが余程やりがいがあるってもんだ、俺がしたいのは本気ごっこじゃない、本気だよって示し続けることなのさ、誰が理解しようと理解しまいと、もうそんなことはどうでもいいんだ、俺の言葉はそのうち俺だけが理解出来る、俺だけにしか理解出来ないものになっていくのだから、躓いた誰かの手を取って引っ張ってやる暇なんか無い、俺は人間として、獣の習性をここに刻み続けるのさ、それが理性ってもんだろ、それが詩情ってもんだろう、それが証明ってことじゃないのかい、それは連続する、一度満足したからって絶対に終わることは出来ない、次の項目がニタニタ笑いながら待っている、俺はそいつをぶん殴る為に、どんな言葉で始めようかと牙を鳴らすのさ。