PANDA
若森

僕というのはパンダの着ぐるみだ。パンダなのか着ぐるみなのか人間なのか一切掴むことの出来ない形というのが僕だ。
       
 パンダは僕なんてお構い無しに人を殺しまくるんだきっと。僕には責任皆無。全てパンダの責任なのだから、僕はパンダが刑務所で幼虫食ってる間にオレンジジュースとか飲んでる。パンダは僕に殺意を覚えて「テメエいっぺん地獄見ろや!」と怒鳴るんだ。僕は耳をふさぐ。
 僕の目の前はいつだって歪んでいて、国語も物理も吐血して頭がふにゃふにゃなんだ。頭どころか僕自体がふにゃふにゃなんだ。青い空を眺めてみんなは青春の夢に居るようだけど、僕は時間が無い部屋で意味分かんない音楽聴いて、舌を噛みちぎろうとしている。
 ついでに今、オレンジジュースとか飲んでる。幼虫を十匹食べたから口の端から緑色の液体を垂らしてる、頬がコケたパンダは、そんな僕の様子を凝視していた。虚空を見つめるみたいに。

 気がついたらパンダはどこかへ消えてしまった。僕は特に気にせず、むしろ嫌いな奴が消えて生活がしやすくなった。
 ある日、僕は何かに耐えられなくなった。とにかく全ての何かだ。雷のような衝動だ。僕は何なのだ。僕は探り始めた。ふにゃふにゃな視界とふにゃふにゃな部屋とふにゃふにゃな僕を、確立させる必要があった。僕の右手にはナイフが握られていた。人を殺したのはパンダではなく僕だった。パンダが人を殺すわけが無かったんだ。僕だって人なんて殺さないよ。でも僕は罪を犯したんだ。僕はパンダを虐めてしまったんだ。
 僕はこのブラックホールより暗い部屋のカーテンを、こじ開けた。飛び込む景色は痛いくらいに鮮明で、空は世界が崩壊する寸前のように、青かった。僕は部屋を飛び出した。探るのだ。探るのだ。そうして見つけたのは白黒の民家の前、生きている植物に紛れて、倒れているパンダだった。いや、僕だった。僕はパンダをぶん殴って目を覚まさせた。動揺しているパンダの手を引いて、熱くキスをした。「愛してる」僕はパンダの目を貫いて、そう言った。パンダは目を細めて、少し口角を上げて「僕も愛してる」と言った。

 僕はパンダだ。パンダは僕だ。僕は一人の人間として、これから生きていくのだよ。


自由詩 PANDA Copyright 若森 2025-05-19 11:33:46
notebook Home