白いシーツの波跡
まーつん
一
胸と背中に挟まれた
狭い胸郭のお立ち台で
夜もたけなわと、踊る心臓
ドックドックと五月蠅くて
寝返りを打つベッドの独り身
いっそのこと、止まってくれれば
永遠の眠りに安らげるのに、と
暗がりの向こうで見守る
天井に向かって、不満を呟く
なんで生きねばならないの
(その問いに
答えられた者はいない)
なぜ愛さねばならないの
(愛は努めではなく、契約でもない)
神に向かって
駄々をこねる言葉は
今夜も天井に遮られる
時は滞留し、懊悩で濁っていく
その見通しの悪さに目を閉じて
シーツを掴んで
鼻をうずめる
リネンの香りは白い波
私の頬は、そこに浮かぶヤシの実
愛しい女を隣に横たえ
長い夜の海を渡りたい
夜明けの岸辺の砂浜に
船のキールが軋るまで
その背中を指で
なぞっていたい
上下する肺のふいご
枕に押し付けられる吐息
生きるのに理由はいらない
ただ波に乗る心地よさに
身をゆだねるだけ
柔らかな
波の谷間に分け入る時
夜の船出は成就する
二
いつしか天井が開け
随行する羊雲が
月明かりに縁どられ
星空に轍を残していく
私たちは
小舟の襟に腰かけて
裸足の先を、揺蕩う眠りに浸す
水面に顔を沈めれば
小さな夢の数々が
尾びれを振りながら
船の周りを泳ぎ回っていた
一尾を釣り上げ、ナイフで裁くと
七色の光が、臓腑の代わりにこぼれ出た
腹が減ったと竿を振り続け
山と積まれた夢の鱗が
甲板に眩く煌めいた
胡坐を掻いて
互いの夢に、
舌鼓を打つ度に
なぜか心が痺れていく
いつしか、魚を食べ尽くし
膨れた腹をさすりながら、仰向けに伸びて
落ち着かない眠りに落ちた
やがて、明けない夜に目覚めると
海は干上がり
砂丘の頂に傾く船は
星と月とに、見張られたまま
三
私たちは
お互いを見て
悲鳴を上げた
皺の拠った皮膚は
用済みの包装紙
縮れた白髪は
荷を解いた麻紐
軋む骨と、ぐらつく歯で
なぜこんなことにと
掴み合い、罵りあった
鏡のない世界で
自分を観知る手がかりは
棘にまみれた相手の言葉にしかない
だが、諍いに疲れ果て
荒い息で見つめ合った時
相手の瞳の中に
自分の真の姿を見る
入り混じる光と影が
潮汐を繰り返す
小さな魂の揺らぎを
二人はもう黙り込み
痛む背中を船べりに預け
朽ちかけた甲板に足を投げ出し
見上げる夜空に促され
どちらともなく
触れた指先を
和解の印に絡ませた
二人はごろりと横になり
庇うように抱き合うと
今度は
安らぐ眠りを得た
子どもの様な寝息を立てる
二つの身体は塵に還り
夜風が抱き上げ、持ち去った
勤めを終えた星と月、顔を見合わせ頷くと
太陽を呼びにどこかへ行った
虚しさに満ちたひと時に
やがて朝陽が射し染める
そこに響き渡るのは
笑いさざめく二人の声
新たな一日の源へ
駆け足で遠ざかっていく
その騒々しさに目覚めると
眠れぬ夜は立ち去って
ぼんやり眺めるカーテンに
雀の影が踊っていた