階段
室町 礼

わたしは生まれが卑しいものですから
その家の二階に上がったことはありま
せんでした。いや、そもそも上がろう
にもわたしごとき下働きの住み込みは
二階に上がる階段のありかも知らない
し、教えてもいただけません。でも、
荒れ果てた庭の掃除などをしていると
二階の窓が開いており、天井になにか
照り返しているものがある。陽の光を
反射してなにやらゆらゆらゆれている。
宝物でもあるのだろうか、黄金でも積
まれているのか。

ところで、江戸時代以前、日本の建物
のほとんどは平屋だったことをご存知
でしょうか?
大名でも公家でも一部の例外を除けば
二階以上に住むことはなかったことは
あまり知られていないようです。はや
い話が京都御所です。天皇家の離宮と
して使われていたあの建物には二階が
ありません。吉原のような遊郭それか
ら東寺のような塔の二階はいわば冥界
であってお坊さんの祈祷や遊女が見ず
知らずの他人と情を交わす非日常の場
として認識されていたのです。ですか

遊郭の主にしても二階には住んでませ
んでしたし寺院の僧侶たちも二階など
に常駐することはありませんでした。
京や江戸の大店にもまれに二階はあり
ましたがそれは倉庫としてつかわれて
いました。二階とは日本人にとって別
世界、あの世を意味していたからです。
つまりどこまでも二階、三階と上に伸
びてゆく欧米とは違ってわたしたちの
日本の建物はどこまでも地と離れず水
平に広がっていくものでした。200
0年続いたわたしたちのこの血に馴染
んだ生命法則を忘れると......──あ、
いやそれはまたの続きとしましょう。

ある日、とうとう二階にあがる階段を
発見しました。
わたしがその家に住み込んで下働きを
してから半世紀以上がたっていました。
家はもうぼろぼろです。屋根には枯れ
葉がたまり庭はもう雑草すら生えない
ほど土壌が腐って異臭を放っていまし
た。しかし二階の天井に映える金ピカ
の輝きは益々まぶしく強くなっており、
それがわたしには不思議でなりません
でした。
階段はなぜか鉄製でしたがペンキは剥
げ途中で踏み板が脱落している部分も
あって、二階にあがるのはかなりの危
険を覚悟しなければなりませんでした。
ようやく上がってみると驚いたことに
大広間にベルトコンベアのようなもの
が組まれ、油切れなのか、ギアの摩耗
が原因なのか、ガタゴト不規則な音を
立ててベルトの上に缶詰のような製品
が流れていました。その流れに逆らう
ようにキンキラの缶詰は転がって止ま
り、また自動的にもとの位置に収ま
ると再び他の缶詰が転がって抵抗をつ
くりそれをまたコンベアが修正すると
いう繰り返しでした。まだラベルがつ
かない缶詰は陽の光を照り返し天井を
明るく染めていました。
はて、何の缶詰だろうか? 気になっ
てプルを引いてみるとぷしゅ~とガス
のようなものが噴き出し、あわてて飛
び退くとわたしは「もぉ~」と声をあ
げていました。なぜかわたしは牛にな
っていたのです。
こんなバカな話があるでしょうか? 
でも実際にあったのです。


自由詩 階段 Copyright 室町 礼 2025-04-21 16:36:48
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