記憶
栗栖真理亜
井戸水で泥を払う
ラディッシュはたちまち濡れた肌に日差しを浴びて紅く輝く
まるでルビーのように
粘土のように粘りのある泥を深緑の髪とともに冷たい水で洗い落とし
さっぱりとした體でこちらを見上げる
買い物帰りに重い荷物を荷台に乗せて自転車を押しながら橋を渡る
見上げた月は丸く笑いながら白く光る
まるで目を射るような勢い
黒いカーテンを引くように叢雲が月を一気に覆い
その輝きどころか影すら隠してしまう
月は雲の切れ目から顔を少しだけ顔を出し
恥ずかしそうに控えめに光り出す
大きく広がった白菜の葉を押しのけながら乾いた土に水をやる
白菜の影に潜んでいたコオロギが慌てて土を蹴飛ばしながら側溝へと飛び出した
焦茶色の体でゴキブリと間違えて驚いた私を尻目に
白菜の葉の隙間へと再び潜り込む
葉をかぎ分けながら水を注いでみると
体を少し弾ませそのままぬかるんだ土の上でじっと佇んでいた
何気ない現象がとてつもない鮮やかさに変わるとき
この感覚を忘れまいと脳が記憶して
やがて幾月も年を重ねながら
死の直前にふっと甦るのかも知れない
昼日中じゅうぶん温められた空気のなかで
頬を冷たく風が撫でてゆくように