鏡の中の睦言たち
ただのみきや

道標のように立っている樹の根元
いつかの果実の残り香があった
美しい錯乱の季節
千切られたページのざわめき

枯れ果てた古井戸から
ことばは這い上がることができなかった
月の裳裾に纏わりつく
水色の蛾に舐られて
ほどける骨 睫毛のささめき

わたしたちは先を急いでいた
歌い出しを間違いでもしたかのように違和をまき散らし
未来を覗くつもりで そのくせどこにもたどり着けず
すぐに追いつかれると もう後ずさりしたくても
時間は容赦なく背中を押した
一発の弾丸のように
狭く ただ前にしか行けない暗い道を
標的など見つけることはなかった
虚空のどこかにかかったままの
己が死へ 螺旋の軌道を描くようで
その実まっしぐら
昆虫のように純化された生

雨の朝 カーテンのこちら側
床から十センチくらい
にごった時間のよどみがある
意識との摩擦で閃光を放ち剥がれ落ちた時の粒子が
プランクトンみたいに
床よりも深く 鏡の底へ沈んでゆく

安物のインド香は相性がいい
煙は閉ざされた部屋の中
小さな龍のようにゆるりと泳いでいる
きつい匂いに塗り込められて
やがてそれにも気づかなくなる

雨音の中に隠された
つめたく濡れそぼつ花房から
こぼれる滴
出来事はみな
口を開き また閉じて
ぶつかり 響き 打ち消し合う
因果は辿れても
真意は隠されたまま
またも帰らぬ波紋を呼び起こす

鏡の前に立って鏡そのものを見つめることは難しい


                   (2025年3月30日)








自由詩 鏡の中の睦言たち Copyright ただのみきや 2025-03-30 13:31:52
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