冷えた眠り
ホロウ・シカエルボク
夜が狂うから眠りはぶつ切りにされる、幾つもの夢が混ざり合って、筋書が存在しない奇妙な色で塗り潰される、なぜこんなに身体が強張っているのか、眠ってはいけない理由がどこにあるのか、俺は理解することが出来ない、端切りされた肉みたいに夜の中に置き去りになって、薄暗い部屋の中で目を見開いているだけだ、すべてを言葉に変えられないことは知っている、だからこそ書き続けている、胸の中で渦巻くものは歳を取るほどに勢いを増す、それは俺が自分を疎かにしないからさ、研ぎ続けていれば刃物は折れるまで使える、すでに錆びてしまったやつにはこんな話をしても伝わりはしないけどね、寝返りを打っても無駄なことはわかっている、それでも寝返りを打ってしまうのは、時間があまりにも手持無沙汰に過ぎるからだ、時計が一個も置かれていないこの部屋では猶更だ、リズム、どんな時間にだってリズムは必要だ、それがどんな時間であろうと、思考を望む限りそれはキープされなければならない、意味などあろうとなかろうと、いまどんなリズムが体内で刻まれているのか、それを正しく理解しておかないと思考はどこかで妨げられてしまう、リズムと噛み合わなくなると上手く言葉が生まれなくなる、会話だってそうだ、呼吸のリズムや相手のリズムに上手く絡むように喋らなければあっという間に途切れてしまうだろう、そもそも人間の体内には常にリズムが存在している、鼓動と呼吸、これだけはどこの誰だって完璧なオリジナリティーとして所持している、そしてそれを自覚するものたちが新しくページを埋めていくのだ、肉体と精神、どちらが欠けてもいけない、またその両極の間にあるなにが失われてもいけない、持って生まれたものをそのまま焼き付けなければいけない、もしも人生に理由や動機なんてものが必要であるとするならば、そうして生まれたものがまさしくそれを語るだろう、子供の頃、いつの間にかうつ伏せに寝ていて、顔が枕の中に埋もれてまったく息が出来なくなって、もう駄目だと思った瞬間に目が覚めて頭を起こしたことが何度もあった、それが誰にでもあることなのか、それとも俺だけに起こったことなのかなんて、確かめたことがないからわからないけれど、思い出すたびに眠るのが怖くなる、いつか寝床で死ぬのかもしれない、なんて考えたこともあった、まだ小学校に入ったばかりくらいのことだよ、そう、こんな夜には時々思い出す、寝返りを打った瞬間なんかに、人間なんていつまで生きていられるのかわからない、家族がばらばらになった今となっては本当にそう思う、兄弟の中で社会にとどまっているのは俺くらいなんだぜ、まあ、それにしたって底辺に滑り込んでいるだけだけどね、でもそれがなんだって言うんだ?社会的価値なんてものをカサに着るようなやつは、所詮決まった枠組みの中でしか生きられないのさ、人生なんて自分がやるべきことをやっていればそれでいいんだ、大切なのは手応えさ、外野の言うことに耳を貸しても得することなんてひとつも無いよ、自分の道を歩けるのは自分だけだ、外野に回るのはもう自分で歩けなくなった連中がすることさ、眠れない真夜中で概念的な心拍が誤作動を起こす、ほんの一瞬、運命は強制終了されるのかと狼狽えるも、それは長くは続くことはない、きっとはぐれた時間の中で本当にはないものを見たのだ、俺は眠るという行為を諦める、願望や感情を放棄して、人形のように仰向けになってじっとしている、天井の照明の傘の中で数匹の虫が乾涸びている、この前取り外して中を捨てたのはいつだったか、今からそれをしてやろうかと一瞬考えたが寝床を汚したくないので諦めた、どこかの日中に気が向いたら実行するだろう、今住んでいる部屋の明かりはリモコンで操作出来る、何段階かの明るさも調整出来る、でもそんな操作をすることは滅多にない、部屋の明かりなんか点いているか消えているかだけでいい、それだけでいいはずのものにいろいろと余計なものがくっついている、多くの人間が本質だけで物事を考えることを止めてしまった、いまや形骸化してしまったルールの中で、滅びた国を守る防衛機能のように愚直に任務を遂行するばかりだ、まるで社会はまだ真実を手にしているというようにしたり顔で旧態依然のシステムを転がしている、それはまるで廃墟に置き去りにされた人形が見ている夢に似ている、ああ、意識が朦朧としてきた、もう眠ってしまっているのだろうか、それともこれはさっきまでの思考の続きなのか、俺の意思ではない寝返りが打たれた、ああ、すでにもう身体は自由にはならない、まったくひねくれている、もう眠らなくてもいいと思った途端にこれだ、でもそれについていったいなにを憎めばいいのかわからなかった、俺はため息をつく、まあ、しゃあない、どうせもうなし崩しに引き摺り込まれるだけなのだ、次に目覚める時にはこんな夜があったことなどすっかり忘れてしまっているだろう、もちろんそれによってなにか支障があるなんてことはまるでなく、日常は昨日と同じように展開されるに違いない、そしていつかまたそんな夜はやって来るだろう、枕に顔を埋め、呼吸を奪われて苦しんでいたあの頃の夜のように。