黄泉の翼
栗栖真理亜
愛するひと
驚かないで聞いて
私のこと
私が鳥になったこと
いま私は、透き通るように青い
春の空を飛んでいる
白い翼は私のたったひとつの持ちもの
柔かな羽毛に包まれた私の身体は
まるで、束縛から解き放たれたように
軽く自由に浮かび上がる雲となって
空と戯れている
眼下に拡がる薄くピンク色した桜の枝が
嬉しそうに風に揺らめきながら
私を見上げているよ
あぁ、あなたにひとことだけ
言わなくちゃいけないことがあるの
あなたに言い忘れてしまった
たったひとつの大切なコトバ
私が翼を傾けて
あなたのそばまでひょっこり顔を見せても
決して驚かないで下さい
風の赴くままに力いっぱい翼を羽ばたかせ
魂の鼓動を感じつつ
あなたの懐へと飛び込みたい
黒くくすんだジャケットもネクタイも
何もかも脱ぎ捨てたあなたの体温を
心密かに感じていたいのです
涙で濡れた冷たい頬をそっと撫で
哀しみに震える紫色の唇に私の唇を重ねて
柔かな時の歪みまでふたりで戻りましょう
苦痛のない優しい光が
私達を幸せな窓辺へと
きっと迎え入れてくれるから
人生の迷いも漠然とした不安も
翼を一振りするだけで
どこか遠くへ吹き飛んでしまう
そう、私は黄泉の不死鳥となって
いつまでもあなたを慰めていたいのです
姿形は見えなくとも
あなたを取り巻く影となって
あなたを見守っていたい
だから・・・
あなたが許す限り
私は光のプリズムに身を焦がしながら
あなたの行く末を見届けましょう