たらこ
たもつ
たらこ、食べたいの
ねえ、買ってきて、たらこ
たらこ、買ってきて
今すぐとは言わないから
でも今すぐ食べたいから
買ってきて、無理なら
とってきて、海から
海でいいと思うの
磯のそこいら辺にはえてるから
簡単にとれるから
ねえ、塩の味がして
もう何も生まれてこないから
食べて大丈夫なの
欲しいの、たらこ
いくらじゃ駄目なの
もしかしたら、まだあったかしら
たらこ、あったかしら
二階の箪笥の中にまだあったかしら
子供の頃、見つけてしまっておいたの
後で食べようと思って
勿体なくてしまったまま
他に宝物らしいものもなくて
ずっとそのまま
箪笥はまだあったかしら
故障して上手くいかなくなったから
捨ててしまった気がするの
どこか遠くに
家の中のどこか一番遠い場所に
捨てに行った気がするの
この家に二階なんてあったかしら
二階ってどんな所かしら
一度見てみたい
二階、見てみたい
掌にたらこが降り積もる
わたしはその一粒一粒に
名前をつけていった
タケシとアキラの
見分けがつかなくなった
しばらくすると
アケミも区別がつかなくなった
どれがジョンかもわからなくなった
わたしは一粒一粒に
ネームペンで名前を書くことにした
以来、夢中になって
四半世紀以上が過ぎた
いろいろなものや
いろいろなことが
通り過ぎていった
たらこがわたしの名前を呼ぶ
一粒一粒
シズカが、イチロウが、ベスが
わたしの名前を呼び始める
やっと何かに許された気がする
許された気がするの
だから食べたいの
たらこ、食べたいの
ねえ、言葉って透きとおってるのね
最初から
何もなかったみたいに
ずっと透明なのね