お弔い
201
怒りでらんらんと目を輝かせていたかと思えば、
今度は涙をためて、さめざめと泣き始める。
そりゃまあ、里で言い伝えられている異形の化け物に、くだものと一緒にご飯としてお前も供えられろと言われたら。
泣くだろうか?怒るだろうか?
想像もしないような不幸であることには違いない、のかもしれない。近くに湧いている飲み水を器に掬いながら、そこに映る自分の姿を眺める。
これを角とひとは言う。それを目だと思ったことは、自分でもない。足は二本で、人間にも似ている。腕も二本だ。でもこんなに毛深くはないし、羽根だって生えないし。象って確かこのぐらい大きいんじゃなかったかな。夢の中で見たことがある。
人間の言葉を喋るのが恥ずかしい。
帰る道中、自分の住処に彼女がいなければどんなに良いか、考えた。逃げてくれれば、里に戻ってくれていたら、自分を待っていなかったら、これまでと同じように平穏で単調な日常が戻ってくる。こんなに胸が痛くて、悲しくて、惨めな気持ちにならない。
しかし、そこに子供はいた。地べたに丸くなって眠っている。
はあ、と思わずため息がこぼれた。このままでは、まるで花葬のようになってしまう。それほどひどい花の降り方だ。明日には、晴れるだろうけれど。持っていた水の入った器をそばに置き、眠っている人間の子供を抱き寄せる。
本当に疲れ切っているのか、しばらくの間それは目を覚まさなかった。既に事切れているのかと疑いたくなるほど、静かな呼吸だ。やはりどこにでもいる、ありきたりの村娘だった。その感触も、短く切り揃えた癖のある髪も、あばたの跡も、日焼けの仕方も、きっと、確か、目の色も。
何が少女を起こしたのか分からない。ただ不意に体が強張るのが伝わってきたので顔を見下ろしたところで、目が合った。小さな、そんなものが本当に役に立つのか、分からないはしばみ色の目。きゅっと引き結ばれた唇が開いた。
「人を食べるって、本当?」
喉の奥の方で何かが焼ける。それが咆哮だと気が付くまで、やはりしばらく時間がかかった。飲み込んだ後で、何もしなかった自分を褒めてやりたい気持ちになる。
「食べるよ」
小さな体から力が抜ける。また意識を失ったのだ。恐怖だろうか、絶望だろうか、現実離れして美しい微笑みを浮かべたまま。自分にすべてを預けたのだ、と知って、やることはもう他に何も思い付かなかった。ずっと、生まれる前からそう決めて生きてきたように。
里の人間を殺そう。この子だけ残して。
少女は心の中で、初めての友達を抱き締めた幸福で、笑っていた。