詩岩
ホロウ・シカエルボク


音楽や言語の旋律によって意識が肉体から引き剝がされんとする瞬間、乖離の中に痛みや苦しみなど微塵もないことを知るだろう、人間としての知性と生物としての本能が共鳴するためには、生半可な覚悟じゃ到底成し遂げられない羅列が必要になる、それが意識の深奥を明らかにし、尚且つ、深層心理のストレージとして多分に役に立つ、普段意識出来ない階層というのは湖で言えば光が届かなくなる深さのその先、おいそれとは見ることが出来ない異形なるものたちが蠢くところ、そういう場所にこそ存在する理由がある、そちらに気を向けることが無い限り決して気付くことが出来ない、そういう領域にこそ―例えば俺が誰かに尋ねる、その場所を知っているかと、そいつがもしも首を横に振れば、俺はそいつへの興味のほとんどを失う、そいつはきっと違う理由で書いているのだろうから―どいつもこいつも手法にこだわる、見えるところさえ綺麗に色を塗っておけばそれでいいとでも思ってるんだろうさ、とりわけこの国には心ってもんが無い、遺伝子レベルで洗脳されている、そうされることに慣れている―だよね?だから、自我にこだわり続けている人間がまるで狂人のように扱われる、安全パイな幻想ばかりを選び、舗装された道を周囲と同じ速度で歩き続ける、そんな人生を疑いもしない傀儡にならなければ、誰も美味しいものを口に放り込んでくれはしない、とはいえそれは、別にここに限ったことじゃないのかもしれない、どこのどんな街に居たって、集団というのは盲目で愚かなものなのかもしれない、でも俺のやりたいことは、聖者と愚者の分布図を作成することじゃない、だから俺は周辺の話をすればいい、どのみち一番大事な話じゃない、とはいえ、まるで関係が無い話というわけでもない、まあ、つまりさ、入口にすら立っていない人間が先を歩いている人間の背中に唾を吐きかけるのは愚の骨頂だってこと、とあるミュージシャンが言った、「音楽っていうのは楽譜から生れたわけじゃない」っていう言葉を思い出す、なにかが生まれるにはそれだけの理由がある、これを詩に置き換えるとどうなるのかな、文法から生まれたわけじゃない―とかね―もしも詩というものがやり方次第でどうにかなるようなものだったなら、俺はとっくに書くのを辞めているだろうね、そりゃあそうさ、だってそんなもん、クソつまんないものでしかないからね、出世術みたいにさ、浅知恵やご機嫌伺いで成り上がれるような世界じゃない、だから俺はこれを気に入ってるんだ、もっと根源について考えてみるべきさ、自分がそれを選んだ理由や、書き続けているわけをきちんと考えてみなければならない、表現というのは無責任でいいものだ、論文やレポートとは違う、矛盾や破綻があるくらいの方が生身の人間としてはリアルに感じられるものさ、これは言葉を使った表現なんだ、内奥や皮膚感覚、瞬間的な察知能力、言葉を並べながら、それがなにを語ろうとしているのかを直感でキャッチしつつ、掴んでいるラインを維持して繋げていくんだ、ディスプレイに向かっている自分を出来る限り在りのまま焼き付けていくのさ、そうすることによって肉体は細胞レベルで分解され、不純物を取り除いた状態で再構成される、なにが必要でなにが不必要なのか、それを確認してデリートを実行していくのさ、デフラグとは違うんだ、整理整頓じゃない、より効率的に思考が流れやすいシステムを構築していくとでも言うのかな、だからさ、俺は書くことを休まないようにしている、身体はすぐに忘れてしまうからね、忘れるとほんの少し、システムは退化してしまう、旧モデルに戻ってしまう、そうするとまたモデルチェンジに持っていくための時間と体力を無駄に使うことになる、いつでも書いて居られる身体を維持しておくべきだ、内容なんてどうだっていい、もしかしたら手応えだってね―ただ黙って書き続けているだけでいいんだ、どのみち書く側と読む側の感覚は同じではない、求めるものが一致することなんて夢物語に近いんだから、好きに書くだけでいい、自分のコントロール下に置けないものの方が、読み返してみると面白かったなんてこともあるものさ、基礎体力を作るトレーニングのようなものさ、なにをするにもそれが無ければ大したことは出来ない、水が流れ続ける川は深く広くなって行くものさ、深度と速度が増すと、昔みたいな濁流には見えないかもしれない、ただただのんびりとした流れに見えるかもしれない、まあ、ちゃんと足を突っ込んで身体で感じてみなよ、そこにどれだけ確かな流れがあるかなんてすぐに知ることが出来るさ、そう、どんなにカッコよく吹かして見せてもね、そのあとくだらないものしか差し出せないようじゃまだまだ甘いってもんだぜ、俺は直感的に深層の思考を掬い取り飲み干すことが出来る、そこから得られる情報には終わりがない、死ぬまで書き続けられるくらいのストックはとっくにもう溜め込んでいるんだぜ。



自由詩 詩岩 Copyright ホロウ・シカエルボク 2025-03-21 22:25:15
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