春が殺しに来る
ただのみきや

古い春から拝借した日差し
駐車場に広がるさかしまの空
壁の青い文字に突き当たり
瀕死の瞳が溺れている
手繰った紐の先 括られた死体
行方知れずのわたしの姉と
よく似た人形 よく似た季節


ことばと気持ちの間の闇
繰り返す生活の環の中で
踏み外すこともできずのけ反って
力尽きた二十日鼠
欲望の犬かきで
暗い海の底へ沈んでゆく
からみつく触手に涙腺を喘がせて
歓喜の黒 暴発の眩い黒  


雪どけの鏡に映り込む
風の足跡 ささやき吐息
形見噛みしめ口琴のよう
裏返された痛みを奏でれば 
こぼれ落ちるのは石ころばかり
嘘と真を秤にかけて
目方足りない真を嗤い
あげくことばも白ばみかけ 
夢の油膜も閉ざされて


ご覧 あの山々 
女神のうたたねは千年万年
時の小川の歌声に
覗いて映る己の影をそう呼ぶか
流れ去る枯葉の舟に刹那を託し
それとも深く目を凝らし
流れの底で動かない
よどみの石をその名で呼ぶか
いま踵を返すよう
流れに逆らい閃光を放つ
ひとつの魚の幻をそう呼ぶか


 ────なにを見た
疾うにことばを剥ぎ取られ
幽霊は視姦の嵐の中だ
水底では薪がくべられ
かつて堕胎されたものが
いま世界を身ごもって
 ────どこを見ている
ぼんやりしないと見逃すぞ
信じるな信じろ
あきらめるなあきらめろ
神が拾い上げたおまえの奇行
その掌に握られた骨片について
おまえの理性はなにも語らない
咲け生贄のように沈黙を侍らせて


                  (2025年3月19日)








自由詩 春が殺しに来る Copyright ただのみきや 2025-03-19 10:41:37
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