喉をほどく
中沢人鳥
山羊の鞣した皮で喉を塞いだ
煙を満たした甲状腺から溢れるホルモン
止める術を知らない
零れていく気概を
必死に受け止めようとする粘膜は
決して何らの暗喩ではない
ありありと起こる出来事を
そのままの感触で食べてしまうと
指先から腐食していくようだ
だが、まだ指は生きている
整った爪先が自然に綻んでゆくことを
老いる、と呼ぶならば結局
老いているようでまだ青い
眼の反射で見ていた
光の輪郭だけを頼りに
脈打つ器官の揺らぎを計る
硝子の向こうで乾いた風が
軋むように喉を鳴らす
その音はやがて波紋となり
肌に染み込んでゆく
言葉より速く、触れるより浅く
記憶の中で形を変えながら
ゆっくりと沈殿する
消えていくか、残るかの境界線を
ただ指先でなぞる
朝の冷えた空を裂くように
一羽の鳥が飛び立った
置き去りにされた羽根が
静かに呼吸している
それは確かに柔らかく
ひどく脆く、あたたかい
喉を塞ぐ皮膜をそっとほどけば
風にのせた声が溢れ出し
遠く、霞んだ方角へ
朱雀の方位に、太陽は動き出す
爪先の青さをまだ宿したまま
羽撃きの残響に耳を澄ませる