名前
カワグチタケシ

それは可聴帯域の外からやってきて
濡れた鼓膜を鈍く震わせる
横断歩道に立ち尽くす
影は雨に打たれている

真夜中の運河の海水は
重油のように重くなめらかで
質量がある

若いホームレスが朝の地下鉄に乗っている
携帯ゲームに夢中になっている
シャンプーも淡い香水も
彼の体臭にかき消されている
真冬だというのに裸足で
足の指は垢にまみれている
頬の汚れに涙の線が引かれる
彼の悲しみが僕にはわからない
欠片ほどもわからない

森は深く
木々はみな、遥か空に向かって伸びている
葉を落とすことのない木々が頭上を覆い
日の光を遮っていた

我々には地球しかない
我々が呼吸できる大気は限られている

なのに
我々はいつからか
自らを生かすのに必要な以上のものを狩り
また作るようになり
それは争いの
また災いの
種をなした

戸棚の奥でうずくまる少女

空の底にはまだ日の名残りの明るみが残っているが
天はすでに夜の色に変わっている
松明を持った兵士が
背の高い一人の男を案内してやってくるのが見えた

断片的な記憶
断片的な映像
断片的な記述
断片的な
断片

あんなに好きだったのに
名前が思い出せない
感情の密度だけが感触として記憶されている


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自由詩 名前 Copyright カワグチタケシ 2024-12-05 00:06:03
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