自分をも欺くために、すべて
ホロウ・シカエルボク


この夜は戻らない、錆びれた運動場のフェンスに巻き付いた蔓の記憶のように、検知出来ない場所で発酵した感情を生み続ける、それはどこにも行かない、蓄積してやがて漏れ溢れ、内側から肉体を侵攻してゆくだろう、いつかはそうなる、いつかはそうなるんだ、肉体には必ず終わる時が来るのだから、だからこうして、無数の引っかき傷を残し続ける、どちらが優勢なのか、当の本人でさえ知ることは出来ない傲慢なレース、何もかもすべて、手の中に留めておくことは出来ないのだと、不遜な笑いを浮かべてすれ違う者のようにあっという間に手の届かないところに行ってしまう、それならばもうかまわないよ、そう言ってしまえるほど思い切りも良くはなく、拗らせた火傷のような思いだけが虫の卵のように植え付けられて繁殖を始める、生まれ増えろ、ここにはお前を食らうものは何もない、好きなだけ増え続ければいい、もうそんな陰の蠢きを楽しむ程度の余裕くらい持っている、この身体を食らい尽くすがいい、どいつもこいつも―人の一生など履いて捨てる程度のものだ、だってそれは誰にしてみても、どんな人生でも曖昧にならざるを得ないのだ、長く生きて、なにひとつ覚えていることすら出来はしない、表向きはそうなる、確かにそうなる、頭で何とかしようとするから虚しくなるのだ、肉体に刻まれたものを信じていればいい、無理に言葉にすることはない、言葉になりたがるものはこういう時間に勝手に寄って来る、言葉として生まれるチャンスを何とかものにしようとしている、だから、どんなに疲れていてもワードは起動される、我知らぬところで、急かされ続けているのだ、奇妙な感触だ、自分同士で会話しているかのような…それは実際に同じようなものなのかもしれない、ただ、他者とのものとは違い、そこには圧倒的な理解はあるけれど同時に、徹底的な認識の違いというものももちろんある、それはどうしたってそうなる、だって、本来なら言葉として浮上してくることのない階層にあるものたちなのだから、深海魚を釣り上げれば目玉や浮袋が飛び出したりするように、在り得ないところまで浮かび上がってきたものたちはかたちを少し変えてしまう、それは致し方ないことだ、すべてわかった上での挑戦なのだ、人間という存在を、知り得ないところまで知ろうとする行為なのだ、それは途方も無い挑戦だ、ここでいいという標識が存在しない、チュートリアルも、ガイドラインも存在しない、先にそこに辿り着いた者ももちろん居ない、当り前だ、人生というのは基本そういうものだ、そうでなければ個体としてわざわざ生まれてくる意味も無い、誰の人生にだってフィールドは無限にある、スマホのゲームに興じている暇はない、この世で最大のオープンワールドゲームをすでにてにしているじゃないか、自由度は最高に高いぜ、だけど、そのせいで不自由に感じているんだろう、だからそんな風に自分に注釈をたくさんつけてすべてわかった振りをしているんだ、自分が決めていいってことにしとけば真実なんて簡単なものだものな、だけどそれは脳味噌を腐らせるぜ、ほら、言い訳をするたびに腐敗臭がしているじゃないか、覚悟を決めようぜ、この世でたったひとつのルートを辿って、本当の意味で自分の人生を理解しない限り、その辺に居る連中と同じものになってしまう運命から逃れることは出来ないんだ、それがわかってからはあっという間だった、富や名声の為じゃない人生というのは確かに在るんだよ、そんなもの二の次さ、計算機やスケジュール帳を持って生まれてくる赤ん坊なんか居ないだろ、生身で生まれて、生身で覚えていくのが人間の基本なんだ、赤ん坊の特筆すべきところは、知への貪欲さだ、どんなものにでも触れる、どんなものにでも首を突っ込む、本当はそれだけでいいのさ、愚かな連中が自分たちが生き易くするために作った下らないルールのせいでそれは見え辛いのが当り前なんだ、連中は自分たちが正しいことにするためならどんな恥ずかしい理屈だって並べてみせるぜ、そんな連中のために存在するのが社会って代物さ、ガイドラインなんてものが存在する世界なんて絶対に信じてはいけない、それは誘蛾灯のように愚者を寄せ付ける、それを受け入れたり反発したりして良いの悪いのいうゲームをひたすら繰り返してる、共通言語を探して安心する人生なんか真っ平さ、この夜は戻らないんだ、いつでもなにかを書いているようにした、自分が何をしているのかわからなくなったりしないように、少しでも指先が身体と精密に連動出来るように、いろいろなこだわりを捨てて新しいやり方をするようにしたんだ、そうさ、変わらないでいるためには、変わり続けていくことというのは絶対に必要なんだよ、すべてのものをひたすら飲み込んで大きなひとつの流れにしていくのさ、そうして目の前に並んだ様々な言葉を見つめてほくそ笑むんだ、俺はいつだって企んでいる、それが誰かに伝わるかどうかなんて、やっぱり二の次ってもんなんだ。


自由詩 自分をも欺くために、すべて Copyright ホロウ・シカエルボク 2024-10-08 22:28:58
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