影か揚羽か
ただのみきや

かつて太陽目がけて投げ上げられた一振りの剣が
この日祭りでにぎわう往来の真中へ落ちて来た
剣がひとりの人を貫いて固い地面に垂直に突き刺さると
群衆は一瞬凍り付き すぐにその場から逃げ出そうとしたが
叫びやどよめきを聞きつけ集まって来た野次馬と相まって
濃密な人の渦を生み出すこととなった
血だまりを中心に半径6メートルほどの不可侵の円が形成され
最前列に立とうとする人々と円内へ飛び出さないよう踏みとどまる人々
そんなおしくらまんじゅうで円内はひとつ祭儀空間へと文脈を変容させていった

人々の服装は祭りのせいかいつにもまして色とりどりで
空から見るとたった今一輪の赤い花が万国旗で飾られた広場の真中に
瑞々しく開いたかのよう
どこから迷い込んだか一羽のカラスアゲハが鋼の雌蕊に止まると
黒鍵を花びらのように散らす疑問符という音符が群衆の耳たぶに寄生して
重さを欠いたまま垂れ下がり心地よく
脳をゆらしていることに気づく者は誰もいなかった
太陽はその血液である光を祝祭にふさわしく大判振る舞いした
人々がかざしたりまさぐったりする手中の小箱の照り返しを
自分を崇めるための供物であると錯覚しますます機嫌を良くしては
金色の血液を地が焦げつくほど注ぎまき散らすものだから群衆は目もつぶれんばかり
足下に開いた影の濃さ深さに気づかず                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                           
うっかり落っこちる者が大勢いたが誰も這い上がっては来れなかった
写真を灰にするように彼らは記憶から失われ
失われたことに気づく者は一人もいなかった

夕方のニュースでは剣が人を刺し貫くに至るまでの文脈の検証が試みられ
地面に刺さったその深さや飛来したと思われる角度が詳しく調べられた
なにかに詳しい大学教授が現時点ではわからないことをわかりにくく説明すると
あれこれ端折られたその映像からはイネ科の雑草が生い茂りすぐに不審火も相次いだ
犯人捜しはしばらく続けられ類似の事件がなかったか古今東西の文献が調べられた
だがこれという答えはなく芋虫たちは食い荒らし肥えるだけで羽化することはなかった
時間の経過とともにこの不可思議な出来事の印象は薄められていった
世界中で訳の分からない出来事は後を絶たず 
生きた鯨のマトリョーシカが発見されたとか
ニシキヘビを頭から飲み込んで肛門から出したヨガマスターが
そのまま今度はそのヘビに頭から飲み込まれたとか
奇妙な出来事が波のように幾度となく寄せては返すことで
月のクレーターすら摩耗することに誰もが慣れ切っていた

当時十代後半だった目撃者たちも今では定年退職を迎えていた
時折あの出来事が話題に上るとなにか郷愁のようなものが湧き上がり
実家の片づけやタイムカプセルのよう 「あったあったそういえば」
話題は弾むのだった
だが彼らの気がかりは犯人捜しではなく
「なぜあの少年であってわれわれの誰かではなかったのか」
「単なる偶然かそれとも運命的なにかだったのか」
峠を越えた人生はなだらかに死へと下って行く
死の影に それも理不尽な死の影に対する不安
それとは逆にあの時あの若き日の燃え上がる太陽と祭りの賑わいの中で
天から下った剣に貫かれ人々のこころに深々と突き刺さった若者が
なぜ自分ではなかったのか そんな青春の燃えかすを互いにまき散らし
咲くわけのない花の幻を追いかけていた
彼らが欲したのはある種の合理性であって科学的根拠などではなく
古代人が神話を作り上げたように 想い通りにならない
時に恐ろしい不条理を突き付けるこの世界とどう折り合いをつけるか
上手にあきらめて受容するための積極的言い訳のようなものだった
実際 齢を重ねた彼らは「偶然」と「運命」が同じもので
ひとつの出来事を個人がどう捉えるかに過ぎないこと 
こころの落としどころの違いでしかないこともわかっていた
だが中には「神の摂理」「神の裁き」と説明する者がいたり
「人知を超えた良き神の良き配慮」いやいや「気まぐれで残酷な神の遊び」
などと意見が分かれる始末 さらには前世の因縁 
最終的に「そもそもはじめからなにも起こっていない」
「われわれの誰も存在すらしていない」との意見が出るに至ると
結局不安と淋しさを紛らわし日々の鬱憤を晴らす程度の集まりだから
使い古した知識の千日手などすぐに飽きが来て二三の自殺者の他
なにも生み出すことはなく集まりは自然に消滅していった

長い時間が過ぎた
あの剣は今も同じ場所 往来の真中
死んだ少年の骨と癒着し一体となって地に刺さったままだった
それが何であったかを記憶している者はすでになく
人々は昔からあるそれを抽象的表現のなにか
あるいは抽象的なものを表すための具象を用いた比喩ではないかと思い始めていた
今日も一人の画家志望の学生がそれをスケッチしていたが
そこにないものをも描いて持ち帰っていった
家に帰ってスケッチブックを開くとそれを見た画家の恋人は一つの詩を書き始めた
詩の中で骨と剣は透けた鍵 白い魚の骨のように澄んだ女たちの涙を遡上した
やがて山の頂で岩の裂け目をこじ開けると男たちの激しい憎しみの眼差しで焼かれ
すべてが灰になった するとそこから黒い手が一瞬生えて その手はすぐに砕け
そこから一羽のカラスアゲハが飛び立った
太陽の満面の笑みからは黄金の血液が光の雨となって降り注ぎ
カラスアゲハを打ちすえた やがて翅は燃え上がり炎に包まれたままアゲハは飛び続け
人々の夢をどこまでも縫うようにすり抜けていった
誰かが跪いて祈っていた そうして盲目の瞳はくべられ
聾唖者の舌を切り裂いて また太陽めがけて剣は投げられた



                               (2024年9月29日)








自由詩 影か揚羽か Copyright ただのみきや 2024-09-29 15:05:16
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