手洗い場に花
市井蒸発

しらない街の
公衆便所の手洗い場に花が咲いていた
枯れてはいけないと思い
わたしは水をやった

小さな花だった
色はかまぼこの縁によく似た桃色で
仄かに石鹸の香りを放っていた

その日はどこでなにをしたか
すっかり忘れてしまったが
とても暑い一日で
わたしは宛てもなく涼と喫煙所を求め
彷徨い歩いていたように思う

いま思い返せばあまりに不自然だ
便所の手洗い場に花が自生するなんて
枯れてはいけないと思い水をやるわたしも

あれは
にせものだ
合成繊維の花だ
わたしは造花に水をやった

夏になると
わたしのしらない街
その公衆便所の手洗い場には
枯れることのない小さな桃色の花が咲く

宛てもなく彷徨い歩いて
ようやく見つけた涼と喫煙所
仄かな石鹸の香り
それとたばこ


自由詩 手洗い場に花 Copyright 市井蒸発 2024-09-08 18:31:40
notebook Home