閃篇5 そのろく
佐々宝砂

1.目覚めれば、闇

冷凍睡眠槽で目覚めたら200年後の世界だった。過去人は地球環境を悪化させた犯人だと恨まれて狩られると言われ、天井近い窓から光が射す半地下のコンクリ壁の部屋に隠れている。ボロボロなベッドもテーブルも全く未来の調度に見えない。スマホもテレビもないし、私はもしかしたら200年前にきてしまったのかもしれない。


2.空襲の街角

空襲に焼かれている現代日本の街角のジオラマを作った。小学生の男の子っぽい人形も作ってタブレットを大事そうに抱えさせ、後ろを振り向きながら走っているような感じに置いてみた。うん、わりとよくできたと満足してごはんを食べに行き、戻ってくると人形がいなかった。逃げたんだなと思った。空襲の街角にはいたくないもんな。次は駄菓子屋のジオラマを作るから戻っておいで。


3.日常

6時半にアラームが鳴る。あくびしながら顔を洗って階下に降りる。洗濯機を回す。燃えるゴミの日だからゴミを集めておく。畑で茄子を採ってごま油で焼いて焼き茄子の味噌汁を作る。納豆に混ぜる用の青ネギを切る。こどもと夫と父が起きてきて食卓に座る。いつもの平和な日常の食卓に。私のなかで何かが爆発する。私はダイニングテーブルをひっくり返し、台所にあるあらゆる刃物を投げる。私の鬱屈を何一つ察しないまま私が作った飯を食べる愚かものども。


4.こどものころは

こどものころ、部屋の片隅に小さな赤い光がちらちらと動くのをよく見た。特に夜寝る前に明かりを消すと視界の端っこに赤い何かが揺らめいた。特に怖いとは思わなくて、ただ不思議だと思っていた。あれから何年経ったか、明かりを消した部屋の片隅には、大型犬くらいの大きさの赤いどろどろが蠢いている。あれが何なのか私は知らない。こどものころはあれが怖くなかったなんて自分で信じられない。あれをただ不思議な赤い光だと思っていたこどものころに戻りたい。


5.好きな色

そこにない色が好きなんだ。具体的にいうとたとえば構造色だよ。モルフォ蝶の羽根、オパールの遊色、アンモライトの光彩、油膜、ビスマス結晶、鉄バクテリアの酸化皮膜。青にも赤にも緑にも見える、ああいう色が好きなんだ。まるでこの世にないようなそこにない色。ほら見上げてごらん、あれこそが僕が愛してやまない色、名状しがたい宇宙からの色、異次元の色彩! アーカムに落ちたあの色。きみもあの色に染まれ。


自由詩 閃篇5 そのろく Copyright 佐々宝砂 2024-06-23 21:15:19
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