閃篇5 そのよん
佐々宝砂

1 SDカード

突然気持ち悪くなったのでトイレに行って吐けるだけ吐いてみたらSDカードがたくさん喉の奥からでてきた。もちろんSDカードなんて飲んでない。カードを流したらトイレが詰まりそうな気がしたのでゴミ袋に入れた。どんな情報が入ってるか考えるとおぞましいので捨てるつもりだ。

2 街

「六月の夜の都会の空、そうそれは素敵ね」とたいして素敵だと思ってない顔で彼女がいう。街の夜空は明るくて星があまり見えないので彼女は街が嫌いだ。そのくせ淋しがりの彼女は夕暮れちょっとすぎにこのバーにやってきてマンハッタンを注文する。ウイスキーに甘味と苦味、ぼくはいつものようにマンハッタンを作り彼女の前に置く。彼女は美の女神、街におりてきたヴィーナス、街の夕空で孤独に輝く金星の化身もたまには酒を飲みに来る。


3 好き嫌い

筋っぽいなあと思いながら肉と骨をガジガジ齧る。でも贅沢は言わない。好き嫌いも言わない。好き嫌いがないのと好き嫌いを言わないのはまるで違う。あたしにも好き嫌いはあるよ、あるけど言わないの。食屍姫メリフィリアみたいに「食べたくない…」なんて泣かない。食べないと死ぬし。あ、これアンデットジョークなので笑うとこよ、あたし食屍鬼、好き嫌い言わないで死体を食べる。

4 あいまいな空

昔、ここの空は紫だった。そのあと黒ずんだ空になった。空が赤かった時期は長い。いま見上げてみる真昼の空はくすんだピンクだ。今日は凪だな。普通の空はオレンジ、砂嵐がひどいと空は赤くなる。夕暮れには青くなる。来年は空の色が変わるかもしれない。緑になるかもしれないし銀色になるかもしれない。まあ緑はないかな。あると楽しいな。私は想像された火星人、ここは人間が空想してきた火星。その空のあいまいなこと!

5 1年前

1年前、たった1年前のことだ。道を歩いて買い物に行けた。インターネットでお喋りができた。LINEもXも生きてた。水道も電気もちゃんとしてた。人がたくさんいて道はよく渋滞して、信号待ちにもイライラしてた。たった1年前のこと。私は闇森で確保した今夜の食い扶持の野ウサギを下げて家に向かう。何もかも変わってしまった。あの特異点のあと私たちに安寧はない。私はもう私の子を大学にやることができない。


自由詩 閃篇5 そのよん Copyright 佐々宝砂 2024-06-16 20:14:51
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