夏井椋也


暗渠の遊歩道で
綺麗なタチアオイを見つけ
立ち止まる

>今日が見頃みたいだよね

シャッターにかけた指が止まる

驚いて振り返ると
柔らかな眼差しの老人が立っていた

>実はこの花はね大陸からやってきたんだよ
>戦争が終わって中国からの引き揚げの最中に
>私の親父がこの花が一面に咲いている様子に感動して
>零れかけた種をそっとポケットに入れて帰ってきたんだ
>帰国してから鉢に植えるとすぐに根づいて
>その種がここに落ちて増えたんだよ

>ほお、そうだったんですか

改めてタチアオイの根元を見ると
暗渠を覆っているアスファルトの僅かな隙間から
何本もの茎が伸びていた

>この深い赤がなんとも大陸っぽいよねえ

なんだかそんな気がしないでもない

私も花の話が嫌いではないので
それなりにまともな相槌を打っていたせいか
老人は玄関前に次々と花を咲かせていく

>それはウノハナで。。。。。。云々
>こっちはイエライシャンで。。。。。。云々

話が二周目を終えて三周目に入ったあたりで

>おお、見事なもんだねえ 綺麗だ

別の老人の声がした

>実はこの花はね。。。。。。云々

バトンタッチ!

柔らかな眼差しの老人に丁寧に礼を述べて
その場を後にした

カメラで花の写真を撮っていると
思いがけない種をもらえる時がある

おそらく例の老人もいろいろな種を抱えて
花の前で足を止める人を待っているのだろう

やれやれ。。。。。。でも

また来ようと思った
花を咲かせてもらおうと思った

種から詩が咲くこともあるのだから





自由詩Copyright 夏井椋也 2024-05-29 21:26:38
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