闇に歩けば
リリー


 地下へ降りる階段の
 足音を吸いこむノワールプロフォン
 ぞわぞわ 脈打つ気配に取りまかれる

 手のひらで触れる空洞の壁
 その冷たさしか頼れるものは無く
 心細さに すくむ足でくぐりこむ森

 そこには繁った樹々の密生した山があった
 二度と 陽の光など見られないのではないかと
 誰もが恐れるような高い山の
 ずっと奥で
 一本の大きなけやきの木の根元に
 泉が噴き出していた

 数日前から
 白い、古めかしい影がちろちろ踊っていたけれど
 思ってもいなかった泉が噴き出して
 辺りの苔を浸し
 どこから差すのか一條の光に
 虹となって輝いたのだ

 けやきは泉に濡れながら
 幸せだ 幸せだと
 細かく躯をゆさぶった
 
 闇に歩けば 
 誰も知らないお伽話へまぎれ込み
 そこは 京都清水寺の「慈心院」のご本尊
 大随求菩薩のお腹の中で 私の右手は
 うっすら光る梵字が刻まれた随求石を撫でていた

 地上へ出た瞬間、肉体は圧をのがれ軽くなって
 煩悩であかあかと染まり切った
 たったひとつのいのちの事実が眩しい大気に掬いあげられる
 闇に歩けば 
 やがて私も光の淵へ隕ちてゆきたいと思う
 


自由詩 闇に歩けば Copyright リリー 2024-05-15 14:22:55
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