証券死場
菊西 夕座

ぽっとでの自由は、老いたる自由にむかってスリッパでもつっかけるように言った
「おじいさん、あなたはすっかり、不自由なご様子じゃありませんか?」
巨匠とよばれて久しい年配の自由は、寝椅子のなかで遠くなった耳をうたがった
なぜわしが、こんなこわっぱにいきなりバケツをひっくりかえされたのか
だしぬけの自由は、こぼれた言葉もそのままに、老人の傍らをすりぬけていった
「待たんか青二才の鼻ちょうちんよ、いまなんてぶっきらぼうに言ってくれたかな」
青二才は赤信号でもないが、立ち止まって素直にさっきのスリッパをつっかけなおした
遺体安置所の証券取引をおえた巨匠は、やおら身をおこして若者をふりかえった
その顔に爛々とみなぎっている数列はまぶしくて、老人はおもわず面をそむけた
かつては自分が天井しらずで、いまでは爪先に蟄居した砂粒とみずからを悟った
ぽっとでの自由はスリッパをひっつかむと、逆さまにして足に障る砂をにがした
「おじいさん、これであなたもすっかり、自由の身というもんです。」
それからあわただしく看護師がストレッチャーをひいて、たおれたバケツを救いにきた
少年はそのストレッチャーによこたわると、こぼれた砂流でゼロの彼方へ運ばれていった
証券取引所では高値をつけた安楽死が乱高下して、まもなく脈が巡礼の兆しをしめした
いぜんとして昔日の足音は遠かったが、臨終の顔にはぽっとでの皺がまぎれこんでいた
落陽はほぐされ、黄銀にそめた羽衣で身をつつみ、居並ぶ窓列の反射(わがみ)にみとれていた



自由詩 証券死場 Copyright 菊西 夕座 2024-02-23 18:35:14
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