のらねこ物語 其の二十六「御神籤」
リリー

 「ね、おりん。ね…、ねえ、もう寝たの?」

 布団の中で おゆうが
 壁の方へ顔を向けて寝ているおりんへ
 呼びかけてきた
 「起きてるわよ。」

 「ねえ、いいの?…静さんにさ、何も云わないままで。…。」
 頭を動かすことのない おりんは
 黙っていたが振り返らずに言った
 「いいのよ。」

 翌日、深川神明宮の境内には
 社務所の前に お昼間の仕事を済ませたおりんが居た
 その手に握られている 
 宮司さんから受け取った十九番の御神籤
 「小吉、かぁ…。待ち人来ず、便りあり、か。」
 
 呟いて見つめていた御神籤 
 また元のように畳み懐中に蔵うと店へ戻ろうとする 
 そこへ 何処から現れたのか近づいて来る一匹の猫
 
 「あら?…、あ、この猫、この間の茶トラじゃないの!」
 おりんは三味線屋の勇次と一緒だった時、
 石のベンチのそばに丸まっていた猫だと気付くのだ

 猫は おりんを見上げ足許にすり寄ってきたのだった
 「可愛い猫ね。」
 しゃがむおりんに猫は短く鳴いた
 頭を撫でようとすると
 大人しく小さな声で また鳴いて
 おりんの手のひらへ頭を寄せるのである

 「お腹空いてるのね?いらっしゃいよ。」
 おりんの言葉に 猫はまるで分かるのか
 後ろから店まで付いてきたのだった

 厨で イワシが来た時に残飯を入れているアワビ皿を
 ゴソゴソ探すおりんに
 土間へ降りて来たおきぬが声を掛ける

 「あんた、何してるのさ?お嬢様が、お稽古事からお帰りだよ!
  さっさとお茶菓子、お持ちしなっ。」

 叱るおきぬが厨の入り口の隅にいる猫に気付き
 「あれ?あれまあ、この猫!イワシと一緒だった、いつかの
  茶トラじゃないのかね!」
 驚いて眺めるのだった

 


自由詩 のらねこ物語 其の二十六「御神籤」 Copyright リリー 2024-02-23 07:53:19
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