のらねこ物語 其の十「男はつらいよ」(ニ)
リリー

 空に 冴える下弦の月

 雑穀問屋の屋敷の裏庭
 縁側の沓脱石の傍で
 浅い眠りにつく ハチ

 ふと 嗅ぎなれない匂い
 目を覚まし 見廻すと縁の下に
 小さく動く影一つ
 「誰だっ。」

 小さく鳴いてみる トラ
 「俺は、おまえの影ぼうし。」

 「ふざけるな!俺は、イヌだっ。」

 行燈持った女中が部屋の襖を開け
 縁側を覗いたので 
 知らせようとするハチ
 「やめて、兄さん。」
 襖の開いた部屋から現れるタマ
 その声に、縁の下から庭へ飛び出したトラ
 「タマッ!」

 「私たち、もう会えないのよ。」
 縁側に居るタマは
 わっ と両手で顔を覆い泣き崩れる

 「どうしてだ?」
 元気だったのかい?ちょっと痩せたみたいじゃないか…。

 むんずッ と大きな手がトラの左肩を掴んだ
 「俺が、説明してやるよ。」

 縁側をのぞいた見回り女中
 「なんだか…騒がしいね。まあ、いいわ。」
 襖を閉める 畳の間に
 その足音と燈も遠ざかって行った



自由詩 のらねこ物語 其の十「男はつらいよ」(ニ) Copyright リリー 2024-02-16 06:44:15
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