久保俊治著 「羆撃ち」を読んで
山人

 友人の平井氏からこの本は面白い、と手渡しされた本が「羆撃ち」であった。
 私自身、ツキノワグマを二頭ほど撃ったことがあったが、それはすべてチーム猟であり、どちらかというと撃たせてもらったというべきであろう。ただ、他の猟においては、チーム猟の煩わしさが厭でほぼ単独猟であった。
 「羆撃ち」での著者は、やはり単独猟での猟を身上とし、単独で熊を射止めてきたという。その、「単独」という言葉にひどく心揺さぶられ、読み進めたのであるが、細かい自然描写がなされ、文学作品を読んでいるかのような趣があり、これは最後まで読んで間違いはないだろうという確信を得た。
 まず、筆者は大学を卒業すると同時にプロハンターを生業としようとする固い意志があった。そのために用意周到にまずはベースキャンプを張り、そこを拠点に羆を求め、沢を遡行・渡渉したり、尾根筋から足跡や痕跡を分析したりと、地道な調査を徹底的にやったようだ。
 羆の痕跡を求める際に、一日何キロ、あるいは十キロ以上の道なき道を行くわけで、その都度ベースキャンプに戻っていたのでは足跡の消滅など、追跡できなくなるため、ツェルトなどのビバーグが当たり前だったようである。その結果として、羆になるべく接近し、至近距離での捕獲が主だったようだ。
 止め矢の後、皮剥ぎから内臓の摘出まで細かい描写で綴られているのである。膵臓、肺、膀胱などは食不適なため、他の動物のために自然に返すが、あとは腸の洗浄から何まで、我々がかつて熊狩りでやってきたこととほぼ同等の作業で解体していたようである。ただ、ツキノワグマよりも相当大きい羆であるから、何日もかけて各部位をベースキャンプに運んだという。
 この時代背景は一九七〇年台であり、当時の猟だけの年収は八十万円ほどだったという。今の時代なら低収入だが、その当時の八十万円というのはさほど悪い金額でもなかったのだろう。
 単独猟では、野生に入浸る必要があると久保氏は書いている。人間が立っている時の目線ではなく、四つ足動物の這っている時の目線である。さらに、羆たちの各個体の癖や好きな植物、それらが生えていそうな地形、また、彼らが一晩の寝床に用いるべく風通しの有無など徹頭徹尾研究し、把握していったのである。それは単独猟ならではの為せる所業であるとともに、血のにじむ細部の探求がなければ羆に近寄ることができないが故の気の遠くなるような作業だったのであろう。そして、羆を射程内に収めてからの、撃ち手の銃という器具が最大限能力を発揮できるかという観点から、正確無比な射撃技術と銃のきめ細やかなメンテナンスなど、ずぼらな私から見れば雲泥の差なのだと感じた。
 筆者はずっと単独猟であったが、ある時に猟犬を飼うこととなった。フチという名の猟犬である。アイヌ犬でありながら、気性の荒い雑な雄犬ではなく雌犬を選択したのである。オスは気が荒いが、獲物を追いこんだりする際に諦めてしまう単体も多いのだと言われる。また、雌は小ぶりながら小回りが利くという点から、雌犬を選んだようだ。この雌犬のフチは従順で頭も良く、タヌキから始まり、エゾジカ猟でも素晴らしい働きを見せた。猟犬フチとの間合い、意思の疎通、それらが見事に描かれているのである。そして、徐々に成長していく中で、羆猟でも勇敢に羆を筆者の方向へ的確に追い込み、何頭か捕獲したと書かれている。
 しかし、その後筆者は自分の力量を試したく、外国でハンターガイドスクールに入校し、プロハンターとなるのである。単独猟を行っていた筆者も、馬の乗り方には相当苦労したようであるが、その他に関しては優良な成績であり、有能なガイドだったようだ。
 一年後、故郷に戻り、フチと再会。再びフチとの羆猟に没頭するが、フチが十才を過ぎた頃、病死する。フチは死の前でも猟欲を失うことなく、最後の猟場を筆者と過ごした。
 「羆撃ち」はドキュメントであるが、単にレポート化しているのではなく、情景描写が巧みであるとともに、実体験からくる切迫感や、あたりに漂う匂いや音まで感じることができる作品である。商業的な意図をふんだんに感じられる作品にはない、事実であるが故の文字の重さや文体がそこにある。
 余談である。作品中に出てくる、猟犬フチの語源については何らかの意味があったのだろう。しかし、筆者は、小さな(ささやき声)でも聞き取れるし、うるさい時でも聞き取れる韻であるということから命名したようである。

 
 



散文(批評随筆小説等) 久保俊治著 「羆撃ち」を読んで Copyright 山人 2024-02-05 12:14:20
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