ファンジン:GIGG! 1989/09/30 第30号
竜門勇気
よお、おつかれさん。マックⒼだ。
特別号としてこんな変なジキにわざわざ刊行させてもらったのは、他でもないキスミー名禍村の死についてまず俺たちが”最初に”みんなに伝えたかったからだ。
ご存じの通り、キスミー名禍村はレトロニム・ロックバンド「the jigjirwwrts」のフロントマンとして、紺亀を中心に県内の半水中のスタジオを中心に活動していた。
そして、9/2のギッグ中に、「死んだ」。
とてつもなく悲しい出来事だし、俺にとって友人で、昔からの、バンドを始めたころからの戦友の彼(彼女だったかもしれない)がもうどこにもいないことは言葉にすることができない喪失感がある。
しかしキスミーの死について、その翌日から人づてにではあるが悪意や面白半分の噂が耳に入るようになった。
この原稿を書いているのはキスミーの死から一週間と少しの後だが、既に耳を塞ぎたくなるような悪意としか思えない噂を聞いている。例えばこうだ。
・キスミーが死んだスタジオは事故の起きたその日に半水中を始めたばかり。完全をかばってスタッフが不慣れだった。H2O2で充満している!
→ライブハウスどどminiは1980年初めには半水中スタジオとして営業している。H2O2も、H2O3も触られたことはない。
・(約束されていなかった)コメンタリーがあったため水中で呼吸を強いられ、窒息した。
→俺は1stMCから見ていたが、コメンタリーをする旨、その内容についてMC中に言及があった。大体、どどminiは-半水中-だ!どうやって窒息すんだ?
・キスミーが青ざめた顔で地蔵経を半分あげかけたとき、無数の観音が地から沸いて嗅いだことのない果実のような、星粒のような香りがした。
→地蔵経をあげたのは事実だが、沸いたのは観音ではなく「非菩薩」。しかもキスミーのわき腹から!
・3rdMCで”これから、昇天がどねんなもんか見せたるで。救済と!変幻する祝祭と!予言したるわ。お前は明日わしを売る!”そう言って始めた「もしも畏怖が羽のない虫の一種なら」を演奏中に二度、三度小さな痙攣をした後、キスミーは小さな機械の部品を三つ嗚咽とともにステージに嘔吐し、そして死んだ。
→キスミーは3rdMCをしていない。2ndMC後、「心理癌」演奏中にM4*16のクロム六角穴付きボルトキャップスクリューを200本以上吐いた。そのあと、息苦しそうにぐるぐるとステージを歩き回り倒れた。
他にも愚にもつかない噂話が飛び交っている。
いわく”倒れたキスミーに近寄ると、新金柑のヘタのような匂いがし、周辺の人間が塩の柱になった。”
いわく”まだ息のあるキスミーにスタッフが駆け寄り、稲穂で頬を撫でた。”
いわく”息も絶え絶えのキスミーが「次の私がいま生まれた。眉間に星。唇に赤い虎の斑。産声の前に紐を吐き、無面で笑う。「粒子に入らぬものは?」と問うと、「断絶する輪がまだ輪廻するように」と答える。」と叫んだが、その口は動いていなかった”
など。
キスミーはボルトキャップスクリューを吐瀉した後倒れそのまま一息すら吐かずに死んだ。
俺が最前列で、最初に駆け寄ったのだから間違いない。キスミーの最後の言葉は「心理癌」のサビ「雁が心に飛び交って・誰にも開けられない扉が一つ増える」だ。
青白い顔を見た瞬間に「119!」と俺は叫んだ。一瞬静寂が広がって、誰かが駈け出す音が聞こえた。必死で人工呼吸であったり心臓マッサージをした覚えがあるがそれをした、ということぐらいしか思い出せない。
救急隊にキスミーを奪われ、どどminiの重たい扉を開け外に出ると冷たい雨が世界中に降っていて、遠くのほうで赤い警告灯を点けた救急車がどこかに向かって交差点を曲がっていくところだった。
そして、キスミーは帰ってこなかった。the jigjirwwrtsのメンバーが泣きそうな顔で「行かせてください。」と俺に言った。俺に言ったってしょうがねえよ。どどのスタッフに言え。
the jigjirwwrtsの切れ端たちが風に舞う。次の出番のナキチカニニ、やりづらそうにしているがどどのスタッフに「あなたたちを待っている人もいるんですよ」と言われて演奏していた。
「心理癌」のサビから演奏開始して「雁が心に飛び交って・誰にも開けられない扉を一つ閉める」と少し歌詞を変えていた。
その後はいつもの演奏。観客はキスミーの件とナキチカニニの鬼気迫る様子に体を揺らすこともできず、まるで巨大な災害を前に慄くようにしてその日を終えた。
ナキチカニニの出番の後このギッグの主催者でトリのバンド、”水”がステージに上り言った。
「では、用事ができたので今日は一曲だけにさせてもらいます。CONTRO/DECONTRO」
CONTRO/DECONTROは演奏のない楽曲だ。”水”がギッグをするときステージを去る際に
「では、最後の曲です。」と言って楽器を置く。CONTROが始まる。
日常に帰るステージ。重たいドアを開ける観客。次にここで出会うまで曲は終わらない。次に”水”が演奏を始める瞬間がDECONTROの始まり。
”水”のMAKITAが「ありがとうございました。キスミー君、僕らも終わりにします」そう言ってギターを持ったままステージの脇に消えた。
HIDERIもベースを抱えて、SHUNもスネアを抱えて、PEEもスプーンを鼻に当てたまま退場した。
その日に出演したグループと無理を言ってキスミーが運ばれた病院に連れてってもらった。
ついた時にはもうキスミーは。
もういいだろ。どどminiのスタッフが悪いわけでもなく、なんでもなかった。
キスミーの気管にはラチェットレンチが詰まっていた。何か意味のある死ではない。
俺たちの誰が意味を持って死ぬ?キスミーが意味を持って死ななかったことの何が不満なんだ?
死に際して誰もが何か意味を持って死ななければいけないか?
必死に生きてそして死ぬ。殺されたように見えるとか、どうにかすれば死ななくともよかったか。なんて思うのはもうやめろ。
思いたいなら何を変えればいいのかについて考えろ。
キスミーの体内からは、ラチェット・ボルトキャップスクリュー以外にワイヤストリッパ・缶詰・トナー・冷凍庫・緩み止めワッシャ・テフロンキューブ・輪ゴム・単5乾電池・縄・フライ返し・+ドライバー・ブタンガス・Oリング・塩化ビニル管・NH4OH・カーボン粒子・アフリカ象・タイプB端子・トランジスタ、議事録などが発見されたが、
ラチェットレンチが気管に詰まって窒息した以上の死因は推測できなかった。明らかにラチェットレンチが体内で生成されてしまい嘔吐の際に気管でラチェットレンチが気管を塞いでしまった、それ以上はない。
これが俺が話しうるすべてで、実際に起きたことだ。
キスミーは、ギッグ中に、たまたま、死んだ。
それ以外の、それ以上の、それ以下のすべてではない。
次回からは「肛門をテーマにしたパンクバンド歳時記」また始めるぜ。
たのむよ!
マックⒼ
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