ムードで抱きすくめて
菊西 夕座
うたうたに見おくられながら、おとこはあたらしい歌をひきつれて旅をした。
うたうたは酒に似ていた。せかいを光の波紋でにじませて、あまく匂ういきをはいた。
波うちぎわでは、松のぎょうれつが盤根をもちあげてちんもくの巡礼にふくしていた。
いのりは砂はまから波にあらわれて、とおざかる夕ひにとけこみながら朱にきらめいた。
波のまにまに酌みかわすうたうたの巡礼は、松のきはだを海にうかべ襞ひだと脈うたす。
よせてはかえす旅のちどりあしに視界はもつれ、ちにふくしていた道さえあま雲にかわる。
せつせつとおちてくる恋うたにしとどぬれて、みあげれば松のえだが月にはりをのばす。
千本のはりをそろえた扇で月はなかばかおをかくし、恋情のきはずかしさを歌によむ。
はりは篠つくあめとなってゆきどけの湖にくだけ、とりかこむ岩いわに残響をしみいらす。
こけのあごひげをたくわえた岩いわは湖にかしずき、扇のなきがらを胸にたたみとむらう。
ひときわ濃いあごひげが荘重に口をひらくと、やみに月のさかずきは浮かびほされてゆく。
しののめの光が扇のかなめをゆるくして、よいつぶれた岩いわのあつい胸をはだけさせる。
さかずきから千のはりがいっせいにこぼれ、松がのばしたえだにさんさんとふりかさなる。
燦ぜんとはずむうたうたに抱きすくめられ、おんなはあたらしい歌にめざめては旅をする。
自由詩
ムードで抱きすくめて
Copyright
菊西 夕座
2024-01-04 13:56:49