石となりし人に
佐々宝砂

其の人は南洋にゐた事があつて
だから私は其の人を思ふ時
まづは珊瑚礁の島々と
南の海とを腦裏に描いてみる

南洋の風物は鮮やかで
翡翠の海に屹度きっと
色とりどりの魚が泳ぐのだと思ふ
小鳥たちも屹度
其れだけで華やかな淺黄淺葱の羽根に
朱の飾羽根を見せびらかすのだと思ふ

其の人は又
流沙河りゆうさがの妖怪と化して
西方への旅を語つた事もあつた
首に吊した
九つの頭蓋骨が重くてたまらぬと
歎いた事もあつた

重かつたのは頭蓋骨ではなく
淨を悟らねばならぬといふ
強迫のやうなものであつたらうに

ノワ゛ーリスが仄かに憧れ語つたやうな
求めて得られぬ青い花の淨を
求め續けねばならぬといふ
矛盾の病其のものであつたらうに


其の人は
喘息を病んで
死んだが

彼の魂は
安寧にあるだらうか
其れとも何處かを彷徨してゐるだらうか

否 安寧でも彷徨でもなく
彼の魂は
彼自身が希つたやうに
石となつて空にゐる
何時までもさうしてゐるといふ譯でないが
今のところさうしてゐる

彼は多分
青く光る石――星となつて空にゐる
青い星は冷たげに見える
しかし本當は
非常な高温で燃えてゐるのだ
赤く情熱的に燃えるかに見えるアンタレスなぞ
本當は低温の星なのだ
青い星こそは熱い星なのだ

彼は青く燃えてゐる
恐らく後五億年は燃えてゐるだらう
石の生活は億年單位で計られるのだから


未だ石とならぬ私は
流沙河の妖怪と同じく
首に重たい頭蓋骨を吊してゐる

師と仰ぐべき人を知る事もないまゝに
身體の色さへ定まらず
彼方あつち此方こつち
同時に見詰める
氣の多い
南洋のかめれおんのやうに
彼方を向き
此方を向き
南洋の島よりも彩り多過ぎる世界で
我を見失ひ

其れでも何かの拍子に
不圖ふ と 思ひ出すのである
私も青い花を探してゐたのだと

石となりし人よ 私も
姿なき巡禮に加はつてよいだらうか
聲なき聖歌隊にならんでよいだらうか

石となりし人よ
私は夜空を見上げてゐる
手の屆かぬ青い花を仰ぎ見るやうに
貴方を戀ひ
青い星を見上げてゐる



ある時はノワ゛ーリスのごと石に花に奇しき祕文を讀まむとぞせし(中島敦)










初出・蘭の会2003.7月詩集「青」


自由詩 石となりし人に Copyright 佐々宝砂 2003-11-28 16:23:39
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