余韻
ただのみきや

山の錦を見上げれば
まなこに落ちる
雪虫は
苦い文字のように
熱く 湧きあがることもなく
違和だけを残し
すすぐ目薬の
青い器に 光が泳ぐ
空の肺を満たす羽虫
大量発生
いのちの数だけ羽化する死


わたしは見た
色濃い秋の荒ぶる影を
わたしは影を追いかけた
追いかけて 追いかけて 
あの場所
かつてわたしを開けない夜にとじこめていたが
いまは屋根もなく絶えず光が差し込んで
風が自由に行き来する
瓦礫と化したあの廃屋へ追い込んだのだ
透かし見ることもできない漆黒
壁に追い詰められてふくらんだ影は
声もなく叫び
牙も爪も持たずに暴れている
一本の鉄筋を拾い上げ
影を壁に刺し留めた
別に魔法の武器でもなんでもない
かつて何かに使われて
とっくの昔に捨てられた
赤錆びた廃材の鉄筋で
影はふるえた
そのうめきは鼓膜ではなく
わたしの下腹部を震わせて胸の内側を這いのぼって来る

影が芯まで黒いのは
隙間なく上書きされ続けた
数えきれないことばのせいだ
それをひとつひとつ剥ぎ取ってゆく
ほとんどすべてが罵り嘲り
「死ね死ね死ね」や「殺してやる殺してやる」が千も万も
破壊や暴力を賛美する歌詞のようなものもあった
筆跡は全部 わたしのもの
影は少しずつ薄くなって
やがてよくある影になり
ついには透きとおって日向と見分けがつかなくなった
「ひさしぶりだね わたしの青春 」
こんなに澄んではいなかったが
いまなら美化もできるというものだ
たましいが
風をはらんだ帆のようだった季節
さあ いま
色濃い秋の静謐に縁どられた時の三面鏡から
影よ ふたたびすべり出せ
流れに研がれた石のように
時を切り裂き素早く跳ねて
殺意みなぎる矢となって わたしを遠く引き離せ
そうして復讐しろ 
つらぬけわたしを 背中から


雨音が
足音だったなら
たったひとりの足音をどうしてつかまえられようか
耳に映る 姿は余韻
生の余韻は死から羽化する



                          (2023年10月28日)












自由詩 余韻 Copyright ただのみきや 2023-10-28 11:06:29
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