約束
たちばなまこと

もうすぐ船が発ちます
朝までには雨の都に着きます
深い夜にさしかかる船室で
二分の一の足取りの 旅の者は寝床に誘われ
誰も彼ものまぶたが重く まどろんだ呼吸が漂っています

共犯者のあなたは 忘れ物を探しに
港へ戻るそうですね
私のまぶたの重みは 船内では一等上で
手をほどけばすぐに おちてゆけそうです
微熱にふれるあなたは うなずくだけで背中を向けて
見えない誰かの心をのぞきに 船を降りるのでした

微熱が見せる夢というのは 心理を溶解してゆくものです
酔うほどに 揺れる寝床であなたを探して
まぶたを押し上げても 琥珀の沈黙がいるだけです
帰るという約束ですら 夢だったのでしょうか
眠りは羽毛のようにからだに降りて
私の首を見つけてしまう
航海に 星見すら許されず
ありふれた受動態になるのです

夜明け前の雨脚に まぼろしのようなあなたを見つけました
いいえ
ほんものというものは まぼろしなのかもしれません
あわいごとに薄目を開けて
雨粒に 約束をまじえてそそぐ
あなたの影をなぞるだけ
まぼろしの繭を舐めたからだが まぼろしを再び知る前に
鎖骨に溜まった真珠の微熱を
奪う手を差しのべて


自由詩 約束 Copyright たちばなまこと 2005-05-15 21:11:12
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