大仰なビブラートで歌い上げたあとでほんの少し後ろめたい気持ちになる
ホロウ・シカエルボク


愉快な話が夕刊の一面を飾り、行き着くところまで行ってしまった、サイエンティストは次作の時限式ギロチンでこの世からおさらばする、希少価値のある珈琲が豆のまま傷んで、辺り一面狂人の頭部を開いたような切ない臭いが充満している、警官は銃口を覗き込み、ポリスはシリアスに偏り過ぎた歌を叫んでいる、ラジオのボリュームを下げろって、パンクロッカーが歌った歌謡曲が、リノリウムの床で90年代の思い出を掘り起こす、レプリカントは理由を欲しがって地区で一番のレストランのポリバケツをひっくり返している、このご時世、ポリティカルなんてその程度の意味しかないのさ、ミステリーツアーのあとで草臥れたカブトムシの死体、気まぐれに分解してみたけれど確かにゼンマイは見当たらなかった、無自覚と無新景の合わせ技、噛みつこうと思うたびにあらゆることを見落としてしまう臆病な犬たち、ドッグ入れたらアカンベーって誰の歌だったっけ?時代遅れのスクーター走らせてヘップバーンみたいな女を後ろに乗せたい、ジェラートは本家よりもたくさん積み上げてもらいたい、リテイクを食らった書面は不細工な山羊にでも食わせておけばいい、食われると分かっている手紙などしたためる方が悪いのだ、ドライブに出掛けようぜ、俺の車はダークなブルーって誰の歌だったっけ?酔ったって大丈夫さ、みんな些細な悪を見つけるのに忙しい、本能的に優しいやつを選んでけしかけるのさ、だってどいつもこいつも根性が腐っているからね、ダフト・パンクって永井豪の絵のやつしか思い出せない、そんなやつけっこうたくさんいる筈だよね?ロマンチストはそれが現実に根差すべきことを忘れて、ヌードグラビアのキャプションみたいな言葉ばかりを繰り返している、そんな言葉を誰が目にするというのか、有料登録とワンクリックでたいていのものが手に入る時代なのに、手にしたと思うものは本当は手にしていない、失くしたと思ったものは本当はポケットの中で息を潜めている、お前は感情に踊らされ過ぎる、プロットの有無やモチーフのチョイスよりも、致命的にフレーズがつまらないことに気付くべきさ、たとえそれが自分だけのためのものでもさ、素材を並べることは出来ても調理を間違ってる、投げ出しただけで満足している、覚えておきなさい、お前が作れるのはターン・オーバーの目玉焼きくらいさ、ロールオーバーベートーベンって確かビートルズだよね?すごろくのコマのあちこちに殺人を促す文章が書いてある、そこに止まったから殺さなくちゃいけないって真面目さが最近の風潮みたいだね?でも俺は誰にも殺されやしない、確かな人生を生きている人間は誰かに殺されたりなんかしない、それは役割というものなんだ、もちろん誰かを殺したことだってないけれど、殺し方については多分一番詳しいさ、それは技術論じゃなくてね…精神論みたいな話なのさ、テロリストはいつだって言い訳を繰り返している、モラリストは確信が無けりゃ一言だって喋ることはない、バランスの無い世界にはジャスト・チューニングは存在しない、その心理はジャンルを問うことはない、よくある手紙を一通ポストに投げ込んだくらいで魂なんか崩せるわけもない、いつだってあいつらは闘う真似ばかりさ、林檎の皮を綺麗に丸く剥けるやつを尊敬する、柔らかい歯磨きのチューブを作ったやつを尊敬する、ボトルタイプのウエットティッシュを作ったやつを尊敬する、それは視点の問題であり、視点とは感性だ、何をどんな風に描くかなんてたいした問題じゃない、結局のところ、眼前にあるものをどんな風にとらえているのか、大事なのは多分そこだけさ、ボートハウスで三日前の新聞を五時間も読み耽っていた、おかげで少し現実ってものを理解出来た気がしたよ、なんてね、文字だけで真実を拾ってる馬鹿どもの物真似さ、ツーブロックとかいう名前の馬鹿みたいな髪型の男が通り過ぎる時、見えるように足元に唾を吐いてやった、でもそいつは気付かなかったんだ、前髪の先が目に飛び込むのをしきりに気にしていたからね、通り過ぎてから靴の裏で掃除したのさ、そんな出来事以前よりももっと綺麗になるくらいにね、スニーカーはなにかブツブツ呟いていた、小さなやつは小さな声で囁くのが得意なんだ、時々すべてに飽きてしまったと感じることもあったけど、でもまだこうして息をし続けている、お前が今日の日付からぴったり二十年俺みたいにやり続けることが出来たなら少しはまともに話をしてやってもいいよ、なに、待つのなんて簡単なことさ、生きていればいいだけのことだからな、セクシーな声の女がフランス語でコントロールの歌をうたっている、それが何かって知りたがることはもうやめて、回転してるディスクのラベルでも確認しに行くべきさ、いいかい、綺麗に作ればいいなんていうのは虚構のリアリズムさ、それは結局すべて説明出来てしまう、俺はそのままを差し出すよ、少なくとも見世物として成り立つくらいの価値はあるからね。



自由詩 大仰なビブラートで歌い上げたあとでほんの少し後ろめたい気持ちになる Copyright ホロウ・シカエルボク 2023-10-04 21:38:41
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