哀しみを司るたとえ
soft_machine

 角の本屋さんの奥で万年筆を売っている
 仕事帰りの女がそっとのぞきこんだ
 くもりひとつない飾り棚は
 そんな町が好きだった

 ゆっくりと溶け始めるアスファルトが
 蟻や落ち葉を運んでいた
 高い空から雲が今にも降りてきそうで
 丘はそんな時間が好きだった

 放課後、雪原につづく公園で
 いそぎ足の夕やけ色に
 ブランコが微かにゆれている
 きみは、そんな懐かしさが好きだった

 今を終わり過去にくり返されてきた日々を
 どんなにきつく縛めたとしても
 解かれない結び目などどこにもありはしない
 優しさだけが貴いはずもなく
 我を失うたび
 夢から醒めるようにまた立ち尽す

 ただ形に残せないものを
 心だけがずっと持っていける
 それが哀しみを司る何かのたとえだとしても
 本当は全てが憶えられていたのだとしても





自由詩 哀しみを司るたとえ Copyright soft_machine 2023-08-30 11:28:48
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