哀しみを司るたとえ
soft_machine
角の本屋さんの奥で万年筆を売っている
仕事帰りの女がそっとのぞきこんだ
くもりひとつない飾り棚は
そんな町が好きだった
ゆっくりと溶け始めるアスファルトが
蟻や落ち葉を運んでいた
高い空から雲が今にも降りてきそうで
丘はそんな時間が好きだった
放課後、雪原につづく公園で
いそぎ足の夕やけ色に
ブランコが微かにゆれている
きみは、そんな懐かしさが好きだった
今を終わり過去にくり返されてきた日々を
どんなにきつく縛めたとしても
解かれない結び目などどこにもありはしない
優しさだけが貴いはずもなく
我を失うたび
夢から醒めるようにまた立ち尽す
ただ形に残せないものを
心だけがずっと持っていける
それが哀しみを司る何かのたとえだとしても
本当は全てが憶えられていたのだとしても