おれが愛に気づいたとき、その愛がおれに語ったこと
中田満帆


 どこか見憶えのあるような、
 なだらかな空気のなか硝酸系の毒物を蒔く
 愉しそうな子供たち、大丈夫もう終わりだから
 地下鉄工事の終わらない夏休み 
 眠れない夜をいくつもいくつも数えた、
 だけれど、それ、ぜんぶ終わるから。
 だから緊急脱出ハッチにはふれないでおくれ
 かれらかの女たちはぜんぶきみのもの
 きみがわたしを閉め出すための舞台装置
 きみはきみのなかに拒絶を孕んだ、もちろんこちらにむかって
 わたしに預けられたはずのあかるい未来、そして来なかった未来、
 ガラス戸のむこうでいまも存るかも知れない未来について考えるのはもうやめだ
 計画はみんな中止、
 愉しみはぜんぶ忘れろ
 欲しいものは全滅だ、すべてを清める塩だ
 成分表示を朗読するような人生を投げ棄てて祈る
 子供たちをみんなきみのそとからだして此所にいるんだよ
 破綻と快楽とを融合された手で、その毒をふりあげろ
 いやだ、いやだと泣きわめく子供たちがいるけれど
 データ消滅まで時間は1時間を切ったんだから逃げたってむだだよね
 できればきみを保存したかったんだ、この地下を流れるだろう鉄路の壁に
 きみの人生だったすべてを、ありうるすべての可能性を、
 階下から沸き上がるデスコティックな声援、突然のメール、
 あなたにぴったしのご案件があります。高収入まちがいなしです。つづきは→
 きみはまだわたしのことをおもっているのか、ほんとうにそうなのか
 いくつもむなしい夜をその痛苦とともに過ぎるしかないときに
 毎秒ごと髄液のなかで神経伝達物質があるひとつの命令をくりだす
 あなたからあなたにとってもハッピーなお知らせです。
 かくも深い迷いから醒めるからにはあなたの死が
 絶対条件となりますので、ご容赦ください。
 きみは素晴らしい、ただ素晴らしくて、
 その意味するところがよくわかない
 防毒マスクを外せというのか?
 この喧噪のなかで?──くたばれというのか?
 きみを愛するわたしは此所で消えてしまえばいうのか
 ならば告げよう──きみなんか、うんこ召し上がれですと!
 胸の甲板を突き刺したいくつもの槍が、カシウスの槍が、
 わたしにはきみの愛であったなどとは幻想しない
 討論もなく、和解されるだけの世界なんざケツ喰らって死ね!
 わたしはもうやめた、──おれはこのままじゃ死なない!
 おれの全歴史と時間の考古学によって発掘される未来でいまと心中する!
 ああ、そうともおれはおまえを見限った、そして電気冷蔵庫に改造すらしたさ、
 でもあれだっていまおもえばおれなりのやさしさだってもう気づいたっていいだろう!
 おれが軽薄だったことなんかいちどだってない、いつもほんきだったはずだ!
 ほかの男と子供なんかつくっても、そんなものは抵抗にはならないぞ!
 それがこんなところから、まさか綻び始めるなんて、──いッ!
 つーッ、ぃてエなぁ!──こんなものが愛だったなんてな!
 これはおまえへの愛じゃない!──おれからおれへの愛!
 ゲートの通路上にだれかが立ってる、いや消えた、
 消息不明、人体センサー反応なし、えっ?
 おまえばかだろ、おれは現象学の話なんてひとつもしてねえぞ!
 待ってて、ゲートがもうひらくよ。
 おい、ばかやめろ、──死ね、──殺す!
 子供たちが進んでいくね、──もういくんだね
 光りのなかで涙を拭いた子供たちがその腕から未来へと侵入するのだよ。
 勝手に進めるんじゃねえくそったれ、おまえ死んでろ
 なにいってんだ、おまえもおれだろ、おれのはずだろ?
 おまえのくそみたいな音楽趣味にずっとつきあってきたし、
 映画も観たし、デートにもいったろ、いまさら「いやです」なんでいうなよ!
 それでいままのところ、痔の痛みは治まってますよ、先生。
 次の予約はいつでしたっけ?──え、もういいって?
 「もういいです」ってなんだよ、おまえ!
 だ・か・ら、ダダイズムの時代は終わったんですよ、
 いまから子供たちの迎いがあるので着いて来ないでくださいね。
 どこか見憶えのあるような、
 空気のなか硝酸系の毒物を蒔く
 粒子を超えたなにかから現れたきみの、
 愉しそうな子供たち、
 大丈夫もう終わりだから
 地下鉄工事の終わらない夏休み 
 眠れない夜をいくつもいくつも数えた、
 だけれど、それ、ぜんぶ終わるから、
 だからおれを此所からだしておくれよ、もう、ぜんぶわるかったから、
 ただきみとふつうに話がしてみたかっただけなんだ、おれって。


自由詩 おれが愛に気づいたとき、その愛がおれに語ったこと Copyright 中田満帆 2023-07-16 18:32:41
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